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【第ニ章 溺れればよかった、その愛に】刺さる棘(9)
「陛下、船遊びは楽しいですわよ」
女性の声が近付いてくると気付き、アルフォンスが慌てて目元を拭う。
人工池の際にある船着き場には柱がいくつも建っており死角が多い。
気配は二つ。
こんなに近くに来るまで気付かなかったのは、会話が乏しかったからにほかならない。
柱から姿を現したのは金髪を高く結った女だ。
小鳥のように笑い声をあげエメラルド色のドレスの裾を翻す様は、女というより少女と評しても差し支えなかった。
彼女の熱っぽい視線の先。
そこに黒衣の王の姿を認めて、ディオールはかすかに目元を歪める。
視野の端でアルフォンスの表情が険しくなったからだ。
「ア……ルフォンス殿下?」
向こうもこちらに気付いたのだろう。
予想外の場所で遭遇したと、カインの声も上ずっている。
瞬時に黒曜石の眼が細められた。
視線はアルフォンスの乱れた胸元に吸い寄せられている。
「ディオール、殿下に何か?」
「ち、違っ……」
多分あらぬ疑いをかけられていることに気付き、慌てて首を振る。
違うんだ、兄上。
私は何もしていない──そう言い切ってはしまえば、しかし傍らの弟分を傷つけることになってしまいかねないと、結局言葉を呑みこむ。
黒衣がこちらに一歩踏み出したときのこと。
場を破ったのは悪意のない女の声だった。
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