114 / 180
【第ニ章 溺れればよかった、その愛に】刺さる棘(18)
「扉が開いてるぞ。こいつら兄弟で脱走しようとしやがったな」
入口からのびる無数の手。
大きく節くれだっていて、爪の間に血の固まりが詰まっている。
よくみれば袖口は乾いた血色に染まっていた。
襟首をつかまれ引きずり出され、アルフォンスは恐怖に駆られた。
血色の袖が振り上げたのは鉄の棒だ。
路地裏を照らす微かな洋灯の光を、棒は歪な角度で反射している。
まるで棘だ。
それは棒の形状が丸でないことを表していた。
切り出されたまま鑢 がけすら施されていない四角いもので、角に触れれば切れてしまいそうに鋭い。
「や、やめて……」
体は動かず、悲鳴は信じられないほどか細い囁き声に変じてしまう。
害獣でも追い払うように振り上げられた棒を、幼いアルフォンスはただ見つめるだけ。
打ち下ろされる──瞬間。
目を閉じたアルフォンスの身体が後ろから突き飛ばされた。
棒が空を薙ぐ重い音。
肉を断つ嫌な響き。
唸り声。
同時に飛んできた石礫に頬を打たれ、アルフォンスは硬直した。
痛い……いや、痛くはない?
分からない。
恐る恐る触れた手には鮮血がペトリ。
貼りついている。
それは自分の血ではなかった。
ともだちにシェアしよう!