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【第ニ章 溺れればよかった、その愛に】刺さる棘(19)
自分はどこも痛くない。
ようやく悟った。
この血は目の前の少年のものだ。
背を打たれ皮膚が裂け、血飛沫がアルフォンスの元まで飛び散ったのだ。
彼の目の前で振りあがる第二打。
「や、やめて……やめてよっ!」
アルフォンスは絶叫した。
しかし小僧の懇願が聞き届けられる甘い世界はここにはない。
打擲は繰り返され、少年は血に染まる。
時間にしてわずかな間だったろう。
だが、それはアルフォンスの無神経が招いた地獄のひとときだ。
不意に地獄が破られたのは、数人の人影が走り寄ってきたためであった。
「アルフォンス殿下、ご無事ですか?」
「怪我はないですね。何故こんな所へ」
フワリ。
抱き上げる手は、見慣れた従者のそれである。
傍迷惑な王子に怪我がないことを確認すると、口止めとして商店主に金貨を数枚握らせる。
「ま、待って。あの子をたすけないと」
血まみれで転がる少年に伸ばされた小さな手は、しかし空しく遠ざかった。
従者に抱えられ、アルフォンスは陽の当たる大通りへ。
薄暗い路地裏に犠牲者を残したまま。
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