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【第ニ章 溺れればよかった、その愛に】刺さる棘(20)

     ※  ※  ※ 「アル、しっかりしろ!」  ディオールの怒鳴り声に、アルフォンスは我に返った。  目の前には血を流し横たわるカインの姿。 「同じだ、あのときと……」  露わになったカインの上半身には、今刺されたもの以外に無数の傷跡が残っている。  古い傷は、九年前のあのときのものに違いなかった。  傍らではディオールが必死の様子で止血をしている。  リリアナはドレスの裾をまくりあげ、王宮へと助けを求めに駆けていった。 「アル、手伝ってくれ……アル?」  アルフォンスは顔を俯ける。  両手が小刻みに震えているのが分かった。 「あのとき、俺が……」  あのとき世間知らずな自分が不用意に関わったせいで、カインは九年たっても消えない大怪我を負ったのだ。  傷口の大きさと数の多さから、一命をとりとめたのは奇跡に近かったろうと思う。  なのに自分はあのときのことを悪夢に見ることすらなく、忘却の彼方に……。  アルフォンスはようやく理解する。  簒奪王カインは長い間ずっと復讐の機会を窺っていたのだ。  あのとき自分に怪我をさせた馬鹿な王子を、身も心もズタズタにしてやろうと。 「ならばカイン、お前の計画は成功だ。愚かにもお前を愛してしまった。俺の心は今……死んだよ」  フラリ。  立ち上がるアルフォンス。  どこへ行くんだと叫ぶディオールの声も耳に入らない。  こめかみで血管が激しく波打ち、目の前は血の赤に染まった。 「やっと分かったよ。お前は俺を憎悪していたんだな、カイン」  だから再会するなりあんなことを。  ──でも、憎んでいるなら何故あんなに優しく俺を抱いたんだ?
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すれ違いが切ない(しかし、大好物)

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