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【第三章 憎しみと剣戟と】欲望を呑みこんで(1)

 かつてこの地に嫁いできた妃が、婚礼の夜に短刀を己の胸に刺し自害したという。  それが《血の祝祭》という名の祭の由来であった。  冷酷な王に絶望したとも、ほかに想う者があったともいうが、しょせん神話の世界だ。  王妃の魂を鎮めるための祭というが、グロムアスの街は祝祭の賑わいに華やいでいた。  道路や家々は花で彩られ、水路は物売りと見物客の小船が行きかっている。  だが、王宮には剣呑たる空気が流れていた。  昨年は簒奪者カインが先王を弑して玉座を奪ったという。  今年はすでに何者かによるカイン暗殺未遂事件が起こっている。  もちろん、王の身に起こった異変は機密事項である。  その場に居合わせた者、手当てに尽力した者、駆けつけて救護した者には緘口令が敷かれた。  だが、事件から半日が経った今。  事態は王宮の誰もが知ることとなる。  それは、カイン王の権威の失墜を意味していた。

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