117 / 180
【第三章 憎しみと剣戟と】欲望を呑みこんで(1)
かつてこの地に嫁いできた妃が、婚礼の夜に短刀を己の胸に刺し自害したという。
それが《血の祝祭》という名の祭の由来であった。
冷酷な王に絶望したとも、ほかに想う者があったともいうが、しょせん神話の世界だ。
王妃の魂を鎮めるための祭というが、グロムアスの街は祝祭の賑わいに華やいでいた。
道路や家々は花で彩られ、水路は物売りと見物客の小船が行きかっている。
だが、王宮には剣呑たる空気が流れていた。
昨年は簒奪者カインが先王を弑して玉座を奪ったという。
今年はすでに何者かによるカイン暗殺未遂事件が起こっている。
もちろん、王の身に起こった異変は機密事項である。
その場に居合わせた者、手当てに尽力した者、駆けつけて救護した者には緘口令が敷かれた。
だが、事件から半日が経った今。
事態は王宮の誰もが知ることとなる。
それは、カイン王の権威の失墜を意味していた。
ともだちにシェアしよう!