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【第三章 憎しみと剣戟と】花の向こうで眠れ(1)
──忘れていた。
カインは頬を押さえた。
殴られたところだけでなく、顔の左半分が焼けるように熱い。
「あのひとは《レティシアの黄金の剣》だったな……」
あの状況でこの破壊力。
歯が折れなかったのは、もしかしたらアルフォンスの恩情であったかもしれない。
想い人が消えた木立を目で追う。
最後に見た背は怒りと屈辱に強張っていた。
こちらを振り向くこともなく去っていく姿に、カインは安堵したものだ。
「……これでいい」
黒衣の裾を整え、立ち上がりかけたときのこと。
再び景色が回転した。
灼けつく頬に、更なる熱が加えられる。
為すすべなく地に倒れ、ああ、また殴られたのだと気付く。
カインの前に立ちふさがった巨体は、拳を震わせ激しい呼吸を必死に抑えている風である。
武人らしい精悍な顔立ちが醜く歪んでいる。
生き別れの弟ディオールだ。
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