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【第三章 憎しみと剣戟と】花の向こうで眠れ(5)

「兄上、もうすぐ陽が落ちる。水路を利用して逃げろ。街は祭で賑わっている。人ごみに紛れるんだ」  ディオールが囁く。 「だが……」  反対の声など聞いてはいない。  一声吠えるとディオールは取り囲む兵士の一画に突進していった。  突然のことに立ちすくむ兵士をなぎ倒し、彼は兄の手を取った。  小径を駆けだす。  背後でロイが何か叫んだ。  追ってくる兵士らは王に対する忠誠はもちろん、僅かに残っていた遠慮というものすらかなぐり捨てたようだ。  剣を振りかざすどころか、背後からは矢も飛んでくる。  夕陽を映す人工池まではごく短い距離である。  しかし辿り着いたカインの足はもつれ、上体は大きく傾いでいた。  先日の襲撃で相当量の失血があったのは事実だ。  傷口は未だじくじくと痛む。  いつまた開いて血を噴きだしてもおかしくない。  兄の様子を悟ったのだろう。ディオールが停泊していた小舟にカインを押し込んだ。 「兄上、正体不明の武装勢力が水路を伝って街に侵入したとの情報がある。おそらくそれはレティシアの軍だ。アルに頼まれ、私が水路の地図を渡しに行った」 「レティシアの?」  そうかと、この状況にも関わらずカインの口元が笑みの形に歪む。

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