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【第三章 憎しみと剣戟と】花の向こうで眠れ(7)
──でも、ひとつだけ覚えている。
襲い来る新たな剣を鞘で受け、次の兵士めがけて今度は蹴りを繰り出す。
剣を抜く間もなく攻撃をかわしながら、ディオールの声はどこか夢見ているように儚く聞こえた。
「あのとき兄上は私の命を救ってくれた。借りを返すなら、今しかない」
鞘全体に全体重をかけ、敵の上体を弾く。
王を追おうと停泊していく船に近付く兵士の頭をつかむと、水路に叩きこんだ。
「クソッ、強すぎる……」
ロイが呻く。
十数人いた部下たちは次々と戦闘不能になり、彼の周囲に残る兵士は僅か半分になってしまっていた。
ディオールの戦闘範囲に入らないよう距離をとって、これは静観の構えか。
「兄上は?」
攻撃がやんだ暇に水路を振り返ったのは一瞬のこと。
そこに櫂を手に取り小舟を進める兄の姿を認め、ディオールは安堵したのだろう。
フッと息をつき、今度は剣を鞘から抜いた。
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