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【第三章 憎しみと剣戟と】花の向こうで眠れ(17)

     ※  ※  ※  グロムアスの街の高台には前世紀の要塞が残っている。  石造りの建物は朽ち果て苔むしており、活用はおろか観光に訪れる者すら稀という場所だ。  陽は落ちた。  月が見ているのは今しも崩れ落ちそうな黒衣の男だ。  丘を登る足取りは不確かで、途中何度も立ち止まってしまう。  そのたびに一歩足を踏み出す姿は、死を前にした人間の執念というものを感じさせた。 「もう少しだ……」  吹きすさぶ風に、カインは再び足を止めた。  見下ろす街は光に満ちている。  無数のオレンジの光の中に、グロムアス城下町が黒く影を作っていた。  祭の熱気がここまで届くことはないが、耳をすませば華やかな音楽が微かに聞こえてくる。  そこは裏切りや暴力など、遠い世界の出来事のように思えた。  だが、これは《血の祝祭》。  自分は王位を追われるのだ。  昨年、祭の賑わいに乗じてカインが「先王を殺して王位を奪った」と思っている連中は、今年同じことをするのだろう。  今も手負いの王にとどめを刺そうと追ってきているに違いない。  月明かりの下、黒衣の男は薄く微笑んだ。  裏切り者はロイだと分かった。  先王を引きずり下ろす計画を立てていたのだと、己が口で告げたのだ。  それだけで似合いもしない「王になった」目的は果たせたではないか。  元々、拾ってもらった命だ。  惜しくはない。  この劣情の終着点はしょせん、死だ。  むしろ仮初めにも王になったおかげで、ずっと夢見ていた黄金にもう一度会えた。  人生の最後の数日を幸福に過ごせる人間などそうはいまい。  できれば夢をみたまま最後の瞬間までアルフォンスを抱いていたかった。

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