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【第三章 憎しみと剣戟と】なれのはての恋心(9)

 ずっと不安だった。  屈辱でもあった。  ふたりの秘めごとは愛の行為であるはずなのに、カインが黒衣を決して乱さないのが。  敵国の王弟などに肌を晒したくないのだとばかり思っていたが違ったのだ。  この男は、醜く引きつれた傷痕を隠したかっただけだったのか。 「カイン、お前は俺に言うことがあるんじゃないか?」  ──いや、違うな。  アルフォンスは自らの言葉を否定するように首を振った。  俺がお前に言わなきゃならないことがあるんだ。 「あのとき……九年前はすまなかった。それから、カイン……愛している」 「アルフォ……」  傷口がドクンと波打ち、熱を持つ。  アルフォンスの手がカインの頬を包んだ。 「お前が死ぬなら、せめて最後はそばにいてやろうと思ってここにきた。だが、お前の顔を見たら欲が出た。できれば共に生きたいと願うのは駄目か、カイン?」  カインはアルフォンスの手をとった。  指先にくちづけを落とす。  ──濡れている、とカインが小さく呟いた。  アルフォンスの手は血の色に染まっている。  ああ、これは自分の血だと、カインは思い至った。  今しがた手当てをしてくれたときに、綺麗な指を汚してしまったのだと。  不思議なのは、その血が見る間に薄く透明に変じていくことだ。 「アルフォンス?」  何の魔法かと問いかけたカインの前で、想い人は微笑を零している。  もう片方の手がカインの目元を拭った。 「なにを泣いてるんだ。子どもじゃあるまいし」 「僕が泣いて……?」

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