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第2話 はじめての閨房術(4/4)
「ぁ……っ」
雫の出産時、産褥で亡くなった母の志寿(しず)は、生前、親が決めた政略結婚を渋々了承したものの、結婚生活はすぐに破綻したらしい。当時、音瀬邸で働いていた七月の父にあたるベータの青年と駆け落ち同然に出奔した志寿は、音瀬家の行使する圧力により再就職先に難儀する恋人の苦悩を目の当たりにし、五年余り続いた同棲を解消し、七月を産んですぐに実家に戻った。志寿は、元の鞘へおさまるのと引き換えに、七月の父が再び音瀬の禄を食めるよう、交換条件を出したという。
つまり、母の温もりを知らずに育った未成熟な人間なのだと、まだ物の道理もよくわからない小さな雫に、七月は一度だけひとり語りをしたことがある。その時の影の差した七月の面差しが、今も記憶に残っていた。
「ん……、っ……」
七月の指はもどかしく、くすぐったいが、決して不快なものではなかった。感覚が鋭敏になるよう促されていて、触れられるうちに声が出てしまいそうになる。
やがてベッドの上で固まっている雫の耳元で、七月がそっと囁いた。
「もっと触れて欲しい……?」
「……っ」
息を呑んだ雫にとって、それは斬新な悟りだった。
(そうだ)
もっと欲しい。
これは、欲望を覚えているのだと、名前を付けられて初めて自覚する。
(もっと、欲しい、だなん、て……っ)
オメガめいていて、恥ずかしさに頬が染まる。異父兄の七月にされているというだけで、たまらないやるせなさが溢れ、やがて七月の手が上掛けに伸びた時、雫は反射的にぎゅっ、と抵抗した。
「っ、ゃっ……っ」
「……失礼」
もっと強いられると思っての抵抗だったが、七月はあっさり手を引いた。
「今夜はここまでにいたしましょう」
「ぁ……」
呆気なく引き下がられ、雫は我に返った。まだ「いい」とも「好き」とも言っていない。なのに、七月を拒絶してしまった。
「念のために、こちらを。ココアの中和剤です。――おやすみなさいませ、雫さま」
「あ、う、ん……、おやす、み……」
ナイトテーブルにトローチのシートを置き、マグカップとトレーを回収した七月は速やかに退出した。残された雫は拍子抜けした直後、激しく後悔した。
「っ……」
上掛けの中に潜り、身体を丸めて目を閉じる。心臓が暴れて、激しい羞恥が吹き出した。引き際を心得ていた七月へ、猜疑心をぶつける真似をしてしまった。これでは欲情したことを、告白したようなものではないか。
雫は激しく寝返りを打ち、間接照明を消すと、逃げるように目を閉じ、闇へと落ちていった。
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