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第7話 対等な(2/2)

 成すべき義務を果たしてこなかった後ろめたさの分、雫は能動的に自分に向き合おうと決意する。一方で、あの甘い感覚を知ってしまったことへの罪悪感めいたものが浮遊していた。自分でするのはまだかなり躊躇うが、七月に教わるのは嫌いじゃない。 (むしろ……好き、かも……)  突如、湧き上がった思考を打ち消すように、雫は七月に向き直った。 「久遠のためにも、できることはしておきたい。すまないが、助けてくれないか、七月」 「かしこまりました、雫さま」  決意を込めた雫へ頷いた七月は、ジャケットを脱ぐと椅子の背に引っかけた。ワイシャツのカフスボタンを外し、肘のすぐ下まで袖を捲る。前日は肌を見せなかった七月の動きに、雫は惹きつけられた。 「今宵は、人肌の熱に慣れていただきます。お身体に直接、触れますから、心地よい場所を見つけた時は、教えてください」 「わ、わかった……っ」  七月が歩み寄るのを、些か脅威と感じながら見上げた雫は、きつく上掛けを握った。パジャマのボタンが襟元から順に外されてゆくのに心細さを覚えると、雫の様子に手を止めた七月は、思い出したように口を開いた。 「昨晩、申し上げましたとおり、うなじには触れません。それでも心配でしたら……そうですね。これをどうぞ」  思い出したように、七月はズボンのポケットから、黒いレースで編まれ、装飾されたチョーカーと、大人の中指ほどの長さの、平たく黒いプラスチック製のリモコンを取り出した。雫の手のひらに乗せられたリモコンは五ミリほどの厚みがあり、上下が丸くカットされた御神籤の棒のような細長い形をしている。 「これは……?」 「首輪はアルファ……つまり私が嵌めます。リモコンは、雫さまがお持ちください」  七月は襟元を解放すると、慣れた手つきで自分の首にレースのチョーカーを巻いた。うなじの上で留め具を閉じると、白い喉元に黒い首輪が異様に映えた。 「ボタンを押すと、私の首輪に電流が流れます。無理だと思ったり、脅威を感じた時、私を止めたい時にお使いください。一般的には性交渉時に使うものですが、あくまで私を信用してもらうための保険です。電流は五段階で、一番強いと、大抵は失神します」 「失神……っ?」  想像以上に物騒な物言いに、雫は狼狽えた。こんなものを使ったら、七月を痛めつけることになる。同時に、もしこれを使用せねばならない状況に陥ったら、という不埒な想像が脳裏を巡った。 「こ、こんなの使えな……っ」 「無理に使っていただかなくとも結構です。雫さまの身の安全のために、私が、お持ちいただいた方が良いと判断します。命綱程度に考えてください。大丈夫。最強にしたところで、死ぬことはありません。かなり痛いですが……」  説明を聞いて胸が縒れた雫は、恨めしげに七月を睨んだ。感覚的なことまで表現できるということは、使用歴があるのだ。いつ、誰とそうしたいと望んだのか、考えたくない一心で唇を噛むと、七月は薄く笑んだ。 「そんな顔をしないでください。これしき、どうということはありません」 「っ」  その瞬間、雫は、強要された可能性も残ることに気づいた。アルファと判別された者は、食物連鎖の頂点に立つ権利を与えられる。そんな立場にいる者が枷を課されるということは、望むと望まざるとに関わらず、ピラミッドから引き摺り下ろされる屈辱を伴うも同然だった。 「私が暴走しそうになったら、迷わずボタンを押してください。これは、アルファとオメガが対等な性交渉をするために生み出された、いわば玩具の一種なのです。電流が強いと痕になりますが、後遺症もありませんし、なかなかスリリングですよ」  若干、楽しそうに喋る七月に、雫は猜疑の視線を向けた。七月が警戒させないように、雫の朽葉色の髪を梳く。優しい指先に甘えそうになりながら、雫は雑念を打ち消した。七月にとってこの枷がどんな意味を持つとしても、雫のためにしてくれる覚悟を無駄にしたくない。 「……わかった。きみのいいようにしてくれ」  こんなものなどなくとも、七月への信頼は揺るがない。  雫はリモコンを手のひらで握り、心の中で七月に語りかけた。

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