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第8話 名前(*)(3/4)
だが、七月の指先は巧みに雫の抵抗を封じ、促した。
「もっと、試してみますか?」
「んっ……、っく、お……?」
与えられる愛撫は決定的に何かが欠けていて、それでいて全肯定されると、くすぐったくなるほど甘やかだ。濁った視界がやがて臨界点を迎え、涙が零れ落ちると、七月の切なげな笑みがはっきり雫の網膜に投影される。
「ぁ……」
その顔に、かすかに悔恨に似たものを見出した時、雫を支えていたちっぽけな矜持がぽきりと折れ、押し流されてゆく。
「久、遠……っ」
(七月——……)
雫はその時、無意識に両者を呼んだ。
「くお、ほ、し……っ」
(もっと、七月、して……っ)
雫を受け入れ、甘やかす優しい七月の声。呼べどもいない久遠の存在が、やがて脳裏で明確に像を結ぶ。それは本当に久遠の面影だったのか——雫にはもう判別する理性すら残っていない。
「して、もっと……っ、くお……っ」
(もっとたくさん、欲しいから……七月)
同時に怒涛のように愉楽が溢れはじめ、制御できないまま雫は身を捩る。喘ぐ間に言葉を継ごうとして、いないはずの久遠を呼ぶたびに七月が優しくなるから、これが正解なのだと無意識のうちに脳が書き換えはじめる。
「久、遠……っ、んっ、ぁ、っ久遠、くお、んっ……っ、し、して……欲し、くお……っ、願……っ、ぁ、ぁっ……!」
再びぎゅっと凝った尖りを摘まれ、雫は脳裏で像が二重にぶれるほど喘いだ。七月は乱れる雫の髪を梳き、あやすように「正解です、雫さま」と囁き、そのまま指先を胸部へ移すと、桃色の突起を再びそっとなぞった。
「ぁっ、ぁ……! も、もう……っ、ぁ、っん、ぁんっ……!」
乳首を捻られながら、同時に七月の膝が脚の間へ滑り込んだかと思うと、それまで決して触れてこなかった雫の膨らんだ象徴を、上掛けの上から柔らかく圧迫される。
「っ——……っ!」
その瞬間、閉じた瞼の裏に星が散り、強張った身体が反射的に痙攣した。
息を詰めたのは数秒だろうか。ふわりと空中で魂がブレたような衝撃を感じ、やがて暫く放心したことに気づく頃には、視界に色が戻り、終わっていた。
「はぁ……っ、い、まの……?」
波にさらわれたような感覚を初めて覚えた。直後、戸惑いがちに呟くと、七月が額の真ん中に触れるだけのくちづけを落とした。
「ちゃんとできましたね、雫さま」
「ぁ……」
下着の中が粘つくのを感じ、熱が急速に放出されゆく。達したことを自覚すると、不用意に零してしまったことに雫はべそをかいた。なぜ泣いているのか上手く言語化できないまま鼻を啜ると、慰撫するような声で七月に尋ねられる。
「どうされましたか……?」
「いや……、っただ……」
もう昔の自分には還れない。何も知らなかった頃には戻れないという確信が芽生えた。でも、必要なことだから、変わり、越えてゆかねば仕方がないのだ。寂寞とした想いを、雫に目覚めを促した七月にわかってもらおうとするのは、酷なことかもしれない。だから、わずかに残った不安を口にするしかなかった。
「こ、んな身体で……久遠に、き、嫌われない、だろうか……?」
恐るおそる七月の目線まで視線を上げる。予想外に七月は瞠った目を細め、笑みを零した。
「ご心配はもっともですが、アルファとして言わせていただくなら、素晴らしかったですよ、雫さま」
「ほんとうに? そう、だろうか……」
これ以上、不安をぶつけるのが恥ずかしくなり、雫は俯くと頷いた。
乳首を少し弄られただけで、我慢はおろか、くしゃくしゃになるまで乱れ、ねだったあげく、達してしまった、などと、誰にも言えない。でも、七月の言葉を全面的に鵜呑みにする以外に比較の手段がなく、つまらないプライドを組み上げようとしてまう自分が嫌だった。
「証拠が必要ですか……?」
「……いや」
(七月が言うなら、きっと……)
七月が相手でも、これ以上の辱めはいたたまれない。雫は、唇を数度、湿らせたあとで、自分を納得させるためだけに呟いた。
「きみが言うなら、きっと、そうなんだろう……。付き合わせて、すまなかった」
「とんでもございません。お嫌では、なかったですか……? もし、許容していただけるのなら、次からは、もう少し具体的に訓練いたしましょう」
雫がこくんと無言で頷くのを確かめた七月は、黒いチョーカーを首から外し、雫の手のひらからリモコンを回収すると、授業の終了を告げた。
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