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第10話 西園寺家(3/3)

 カーテンを開け、プロジェクターを停止させた久遠が覗き込んできて、不規則に喘ぐ雫をソファへ横倒しに寝かせた。 「症状が出たのはいつ頃ですか?」 「この部屋に入って、座って話をしていたら、ほどなく変化に気づいた。発情では?」  七月の質問に答える久遠の声は、自責の色を帯びていた。 「瞳孔は開いていませんし……発汗は季節性のものと捉えていい範囲でしょう」 「脈は?」 「早いです。寒いですか? 雫さま」 「も、平気……」  起き上がろうとすると、久遠と七月に静止される。 「無理をするな、雫。大事な身体なんだ」 「雫さま、しばらくは、このまま……」  寒くて震えているはずなのに、身体の芯だけあべこべに熱い。緊張した時の癖で七月を仰ぐと、冷静に頷かれる。 「大丈夫。突発発情ではありません。脈も落ち着いてきましたし、一時的に極度の緊張状態に陥ったのでしょう」 「暗くしたのがまずかったかな……」 「違う、久遠。これは……っ」  唇をかんだ久遠に、雫は申し開きを試みたが、こうなった経緯を説明しようとすると、閨房術が邪魔をする。 「おそらく一過性のものです。このまま静観しても、問題ないですが……」  安心させようとして、七月は雫の肩を撫でながら久遠の指示を待った。特に重大な病気でも、突発発情でもないとわかった雫を、この場に留め置くかどうかの判断は、久遠にしかできない。 「そうか……。急に環境を変えたのが、良くなかったのかもしれない。今日はお開きにしよう。下まで送るよ、雫」 「おれは……っ」  雫が異議を唱えようとするのを見越したように、久遠は肩をすくめた。 「まだ顔色が悪い。今日は大事を取ってくれ。映画なら、いつでも観られるから気にしないで」  後悔と混乱と焦燥の滲んだ複雑な笑みを浮かべる久遠をどうすることもできず、雫は俯いた。  久遠の決断を受けた七月が立ち上がる。 「車を回してまいります。久遠さま、玄関まで、雫さまをお願いできますか?」 「わかった。雫、立てる?」  久遠の腕を借りて階下へ向かう雫は、F評価の婚前診断書がちらつき、気落ちしていた。きっと久遠はもっとがっかりしただろう。その心情を思うと、やり切れなかった。 「くれぐれもお大事に。あとを頼んだよ、七月。……いってくれ」  七月の車の後部座席に乗せられた雫は、西園寺家をあとにした。振り返ると、リアウィンドウ越しに手を振ってくれている久遠が遠ざかる。小さくなってゆく久遠を見ながら、雫はままならない悔しさに拳を握りしめた。  仮にも久遠は婚約者だ。  それが、少し接触したぐらいで変調をきたすなど情けない。  いったい何のための閨房術か、と拳を握り締めた雫は、苦いものを飲み込むように眉を寄せ、目を閉じた。

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