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第11話 羞恥心(3/3)
「おれ……」
判断に迷った時は、七月を見る癖がついている。しかし、その時、おずおずと上げた雫の視線には、決然と離別を自覚した色が宿っていた。バックミラー越しに一瞬だけ七月と目が合う。漆黒の眼差しを受けた雫は、恥ずかしさからぱっと目をそらしてしまったが、それでも前を向く気持ちになっていた。
「雫さまは頑張っておいでです。きっと、久遠さまの良き伴侶となられるでしょう」
惜しみない言葉は身の丈に合わず、まだ今は、むずがゆく、恥ずかしくなってしまう。七月と視線が合うと、安堵とともに、心臓が煩く脈打ち、裸にされた気分で落ち着かない。
でも、それが嫌だと感じたことは、人生において、一度もなかった。
「おれ、もっと頑張るよ。……ありがとう、七月」
淡々とハンドルを握る七月の後ろで、雫は深呼吸した。湧き水を汲み出してくれるのが久遠なら、泉を浄化してくれるのが七月という存在だった。どちらが欠けても、今の雫は、まっすぐ立つのがまだ難しい。でも、いつかは自分で決めて、ひとりで前を向く日がくる。
音瀬邸を囲む広大な杜が見えはじめた頃、残された時間に雫は思いを馳せた。婚姻とともに音瀬家を出る時は、同時に七月と別れる時でもある。雫が別れを惜しむように、少しは七月も寂しいと感じてくれているだろうか。
たくさん、返しきれないほど、心の中に、キラキラ光る宝石をもらった。
(せめて、きみに恥じないように――)
もしも上手く発情できなくとも、オメガとして不完全なままであっても、七月が与えてくれたものを、なかったことには絶対にできない。
雫の胸に去来した複雑な感情を、七月が知ることはないとしても。
それでもかまわない、と雫は思った。
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