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第12話 秘め事(2/3)
「うん。僕も、今日は、それについて話すべきだと思ったから、きたんだ」
穏やかな笑みを浮かべる久遠を目の当たりにした雫は、胸が引き裂かれそうになる。これから話すことは、例の秘密には抵触しない。ずっと前から、久遠のためにできることがないか考え続けた末に至った結論だった。でも、久遠がそれを受け入れるかどうかは、わからないし、また別の問題だった。
「もし、万が一、おれに発情期がこなかったら……お義父さまの意見も考えてみてくれないか。久遠」
「え……?」
実を乗り出し告げた雫の言葉に、久遠の顔から笑みが消える。傍らの七月も厳しい視線で、無言のまま雫を見守っていた。
「何で、いきなりそんなこと……」
久遠の表情が、みるみる険しくなってゆくのを理解しながら、それでも雫は言葉を繋いだ。
「考えるだけでいい。おれは頑張るから、きっと大丈夫だと思うけれど、可能性のひとつとして、頭に入れておいて欲しいんだ」
愛撫をねだる夜の雫は、昼間の健やかな雫の、もはや半分でしかなかった。全体像を目にした久遠がどんな反応を示すかは、雫にも七月にも想像がつかない。
「……嫌だ」
案の定、久遠は頑なになった。
「聞いてくれ、久遠。もしもの話。仮定の話だよ。でも、可能性があることについては、ちゃんときみと話をしておきたい」
理解できない顔つきで嫌悪感を示す久遠に、七月と論じ合った際に放たれた、否定的な言葉が蘇る。それでも、雫は前へ進もうとした。
「もしも、おれに発情期がこなかったら……きみは西園寺家の大事な跡取りだ。子孫を残す義務がある。きみが外で誰かと仲良くなっても、おれの気持ちは変わらない。きみとことを好きだし、何があっても嫌ったりしない。きみの子なら、きっと可愛いし、好きになれると思うから……」
婚前診断書のオールFの結果を目にしてから、久遠にしてやれることがないか、ずっと考え続けてきた。不出来な雫にできる唯一のことは、久遠に保証と安心を与えることだけだ。不測の事態に備え、最悪の可能性を認知し、意見のすり合わせをおこない、一致点を見出し、覚悟を決めるしかない。久遠と生きてゆくと決めた時、雫は自分の心にそう誓っていた。
「ばかげている。きみ以外の誰かとなんて……」
「久遠。きみは裏切られたと感じるかもしれない。それは、すまないと思う……ごめん。でも、もしおれが初夜にちゃんとできなくても、きみへの気持ちが伴わないわけじゃない。ただ、おれがオメガとして不出来だというだけだから……」
妾の噂が出た時、このままなし崩しに西園寺家側の条件を呑まされるかもしれないと疑心暗鬼になった。でも、久遠の頑強な反発で、その動きは立ち消えた。そんな久遠に、雫ができることがあるのなら、全部しておきたい。
「だから、おれは大丈夫だ。何があっても、きみが好きだよ」
嫌わないでくれ。
安心していいから。
傍にいさせてくれるなら、少しでも役に立つよう、きっと努力する。
心の中は細かい傷だらけでも、久遠を想う気持ちに瑕疵はない。男性オメガの魅力の薄い、たおやかな柔らかさのない雫の身体に久遠が失望し、幻滅したとしても、久遠にもらった愛情を、そんなもので否定したくない。久遠を信じないわけではないが、人の心に枷を付けることはできないと、七月に教わったばかりだ。それに、話せないことを話さないのと、未来のために言うべきことを言わないのは違う。
ぎゅっと上掛けを握る雫に、久遠は大きなため息をついた。
「その言葉、そのままぜんぶ、きみに返すよ。雫」
「えっ……?」
「きみと喧嘩なんてしたくない。こんなことでする諍いなんて……。きみに命じられたって、浮気なんかするつもりはないし、妾なんて絶対につくらない。父が望んでいたとしても、たとえきみが望んでも、僕には無理だ」
俯いた久遠が毅然と顔を上げる。その凛々しさに雫は驚き、見惚れた。
「僕が好きなのはきみだよ、雫。きみを好きな気持ちに蓋をしてやり過ごせる時期は、もうとっくに過ぎている。それを雫はわかっていない。伝わらないのは僕の責任だとしても」
少し悔しげに、まっすぐ返ってくる久遠の言葉が、雫の鼓膜で反響する。
「いい機会だから言っておくけれど、僕にとって雫は特別なんだ。きみと一緒にいられるだけで、心に羽が生えて、天まで届きそうなほど弾むんだ。きみと結ばれる日を、どれだけ心待ちにしているか……僕らは清い関係だけれど、誰よりも深く結ばれると信じている。その時、きみにどんな秘密があったとしても、どんな顔を見せたとしても、僕には準備ができている」
「久遠……」
大切な人だ。
なおざりにしたくない。
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