36 / 118

第14話 うなじとくちづけと(*)(3/4)

「ぁ、ぁ……っ! ゃ、ぁぁ……っ!」  愛着を示す獣の仕草に四肢をばたつかせる雫に、跨った七月は、下肢の屹立した硬いものを雫の下腹部に押し当て、求愛とも取れる動きで上下に擦り付けはじめる。 「七月……っ、だ、だめ……っ、だっ……!」  拒絶の言葉を吐く雫へ、散々「授業」のたびに戒めてきた行為の数々を、悪い手本のように獣と化した七月は実行してゆく。それでいて、許しを求めてもいるようで、辱めを受けながら昂る自分を、雫は分類できない。朱色に染まった傷口は熱を持ち、拘束された両腕はまるで動かない。七月の目は異様な輝きを発し、雫を凝視し、唇が片方、嗤う形に曲がった。  喰われる――と悟った雫は、軽率さを激しく悔いた。 「ゃ……っだ、七月……っ、目を、さま、覚まし……っ」  いざという時のアルファのあしらい方は教わっていたが、ここまで切迫したのは、初めてだった。 「雫、さま……っ、雫さま……っ、ああ、私の、わた、しの……っ」  息も絶え絶えに雫を呼ぶ七月は、理性と本能の間で、暗い眸を輝かせる。獣の匂いが濃く翳り、ラット状態に陥りかけた七月に、必死で抵抗する雫はほぼ完全に押さえ込まれる。噛み付く用意が整うと、やがて七月は瘧のように背を丸め、震えはじめた。 「ぅ……っ、ぅぅ……っ」  理性が、まだ残っているのだ。葛藤する七月が、力をわずかに緩めた隙に、どうにか逃れた雫はリモコンを拾い上げると、ベッドの右上隅に逃げた。 「くるな……!」  鋭い声で制したものの、ボタンを押す半瞬前に、迷いが生ずる。 『一番強いと、失神します――』  その間隙を突くように、七月が雫の右足首を鷲掴みにし、自分の方へ乱雑に引いた。もみくちゃになりながら格闘し、雫を捉えようとする七月の右肩を雫が左脚で蹴り上げ、身体を引き離す。  同時に、両目を瞑ったまま、雫はリモコンのボタンを押した。 「っぐ……っ!」  ばちっ、と鋭い音がし、七月の身体が一瞬だけ止まる。が、一番弱い衝撃は、すぐに七月を復活させた。憤怒と狂気を宿したアルファの雄が、オメガである雫へ暴走しかけている。  再び七月が腕を伸ばすのを目の当たりにした雫は、震える手でどうにか、カチカチとリモコンの強度を上げ、再び電撃を放つ。 「ぐぅ……っ! く……」  七月が第二撃にも耐えるのを見て、ベッドヘッドへ背中を押し付けた雫は、なるべく膝を折り曲げ、距離を取ろうともがいた。寝室の外へ逃げるには、七月の背後にある扉まで辿り着くしかない。リスクと機会を天秤にかけ、迷う間に、ゆらりと体勢を戻した七月が、再び雫へ狙いを定める。  七月が腕を上げた時、雫も再びボタンを押した。 「ぐぁ……っ!」  カチカチカチ、と最強にしての一撃に倒れ伏す七月に、震えながら雫は確認する。気を失い、上掛けの端を握る拳をわずかに不規則に震わせている。さすがに躊躇し、言葉をかけようとする。 「だ、大丈……」  しかし、雫の声が届く前に、七月は体躯をびくりと揺らし、乱れた上掛けを握ったまま起き上がった。 (え——?) 「痛ってぇ……っ」  雫に対しては、決して使わない、粗野な言葉遣い。七月はこめかみに手を当て、小さく頭をひと振りすると、首の骨を鳴らした。 「こんなもので……」  七月は蔑みの眼差しで、リモコンを握る雫を睨む。一番強い電撃を浴びせたはずだ。気絶して、危険はなくなるはずだ。恐慌状態に陥った雫に、七月は獰猛な貌で、再び飛びかかる。 「っ……!」  躍動する七月の動きに、雫は祈るようにボタンを押した。  ばちっ!  ばちんっ! (もっと……っ、もっと、強く……っ!)  乱れた黒髪が半分、顔を覆い、獣の様相をした七月が、ストップモーションのように何度も電撃に阻まれ、バランスを崩しながら、少しずつ、だが確実に雫へいざり寄る。鼻をつく皮膚の焦げた匂いが漂いはじめる中、最大出力で雫は電撃を連打し続けた。 「往生際の、悪い……っ!」 「ひっ……」  七月がついに雫の左足首を捉え、強く引き寄せる。雫が慌ててボタンを押す前に、手を払われ、リモコンが床に落ちた。

ともだちにシェアしよう!