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第20話 開示(3/3)
「酷いな……」
脇腹の引っかき傷に、久遠の指がまっすぐ伸びた。傷跡に沿い、這い上がってくる指先が熱く、思わず雫に緊張が走る。
「んっ……」
襟元まで服をたくし上げると、いたわる様子の久遠の指が鎖骨を横に滑り、くぐもった声が出てしまう。治りかけた傷を久遠に点検される間、雫はその夜に起きたことを声に出して復唱させられた。首輪のことも、ベッドの上で七月の名前を呼んでしまったことも、雫がどう甘えたかも、つぶさに説明させられる。
「うなじが無事だったことは、良かった……と、言うべきなんだろうね」
しばらくして久遠は手を引っ込め、雫が服を元に戻す許可を出した。言葉に苦痛が伴い続けている。雫が白い息を吐くと、外からの視線を遮っていた七月が、斜向かいのベンチに再び腰を下ろした。
久遠は一度は引っ込めた手で、雫の震える手を握り、言った。
「ごめん、雫……。僕は……」
途中で途切れた久遠の声を待つ間、雫は被虐的な気持ちになった。このまま引き裂かれたいという願望は、甘えから生じるものなのかもしれない。冷徹に要求を通そうとする久遠の怒りに、軽い興奮を覚える。まるでこうされるのを、長い間、待っていた気さえした。
「おれは、どうされても、覚悟はできている……」
「っできるわけがないだろ……っ、きみは……っ」
恨まれる覚悟で雫が言うと、久遠は火のように反発した。動揺を隠せず、揺れる久遠に、謝ることしかできない。たとえ最初から雫を許すと決めていたとしても、起きたすべてを軽々しく承認できるほど、ドライな付き合い方はしていない。
「……今すぐきみを裸に剥いて、隅々まで調べたいよ。ここで抱き潰して、めちゃくちゃにしてやりたい。でも……っ」
久遠は眦に涙を滲ませた。捨てられる関係なら、まだ互いに浅い傷で済んだだろう。少なくとも、雫の前で、これほど久遠が強く葛藤したことはない。
「どんな些細な傷も、すべてを僕で上書きしてやりたい……っ。今すぐにでもきみのうなじを征服し、僕だけのものだとわからせてやりたい……! 七月が見ている前で、抵抗できないよう、きみのすべてを封じて……っ、でも、そんなこと……っ、できる、わけがない……っ! きみが打ち明けてくれたことは、大事にしたいんだ……っ」
掠れた声で吐露する久遠から、獣のようにのたうち回る感情が見えるようだった。罪を背負う気がある以上、負の衝動に侵食され続ける久遠のすべてを、網膜に焼き付けるしかない。
やがて久遠が両手で顔を覆い、嗚咽を堪える間、雫も七月も無言だった。
「……起きたことは不幸な事故だが……雫との関係を考える、いい機会だ。それに……七月」
数度、深呼吸すると、久遠はまったく感情の読めない顔になり、七月を睨んだ。
「きみには、別の言い分が、あるようだけれど?」
「はい……久遠さま」
不意に話を振られた七月が迷わず頷くのを、雫は振り返った。
「聞こうじゃないか。でないと、公平じゃない」
苦役のただ中にいながら、久遠の目は、細く小さな希望を探しているように見えた。
挑むような久遠へ神妙に向き直った七月は、雫を一顧だにせず、静かに口を開いた。
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