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第22話 恋と情熱(*)(1/3)
湘南にある西園寺家の別宅は、海に面して切り立った崖と杜に囲まれた場所にあり、昼間に管理の者がくる他は静かなものだった。
雫は、管理人からの申し送りを経て荷を解くと、久遠と七月とともに三人で、近くのトラットリアへと出かけた。帰り道、少しアルコールが入り、ぼうっとなった雫の手を久遠が引く。雫と久遠の半歩あとを七月が続き、別宅に着くと三人ともが主寝室へ向かう。久遠も七月も軽くワインを嗜んだが、足取りはしっかりしていた。
「七月」
ベッドサイドに雫を座らせると、久遠は七月を振り返った。
「僕は見ているから、雫をお願いするよ」
七月と閨房術をおこなう様子を公開する、というのが久遠との約束だ。柔らかく弾むマットレスは高級品らしく、七月が進むと、入れ替わりに雫から遠ざかった久遠は、ベッドサイドに置かれた肘掛け椅子に座った。
「雫。今からきみに触るのが……誰であれ、ぜんぶ僕の意志だと覚えていて」
「わ、かった……」
雫は心臓が慄くまま、頷いた。もしも立場が逆だったら、耐えられないかもしれないと思う。
久遠は緩く脚を組むと、最終確認に振り返った七月へ、頷いた。
「はじめてくれ」
久遠の言葉を合図に、上着を脱いだ七月は襟を開き、まだ痣の残る首に、黒いレースで編まれた首輪を巻いた。リモコンを雫に握らせると、仰向けにベッドの真ん中に押し倒す。投げ出された雫の身体がマットレスに沈むのを合図に、七月が暴走しかけた夜の再現がはじまった。
外したカフスボタンをベッドの上へ投げ置いた七月は、シャツの袖を肘下まで捲り、雫に覆いかぶさった。息遣いさえわかる距離で髪を撫でられると、こみ上げるものが抑え切れない。部屋は暗く、少し離れた場所にいる久遠の存在は、闇に紛れて窺い知ることができなかった。
「……触れます」
誰に向けられた言葉か判然としない七月の声とともに、肌へ熱が接着すると、雫は反応を堪えられなかった。
「んっ……」
「ご容赦ください」
――ふたりきりではしないこと。
――する時は、必ず久遠を交え、三人ですること。
たったふたつ追加された新たなルールにより、雫の日常は変化した。
閨房術による七月との接触が皆無になった代わりに、朝と夕方、七月の運転する車内で、久遠に少しエロティックな触られ方をする。際どいところではぐらかされる分、雫の熱は溜まり続け、行き場をなくして暴れ回るのを、誰にも言えず、自制したまま今夜がきた。
「よもや、このような夜が訪れようとは……」
雫が七月の囁く声に瞼を上げると、ふと視線が絡んだ。久遠に秘密を明かしてから、一週間も経っていない。その間に、七月と話し合ったことを思い出す。久遠の望むとおりにしようと決め、そのつもりで日々を過ごしてきた。だが、久しぶりに感じる七月の気配に身体がじわりと反応するのを、雫は奥歯を噛み締めながら、密かに恥じ入った。
自分がこんな節操なしだとは思わなかった。ベッドに置かれたクッションのタッセルを半分、無意識に握りしめた雫は、速まる心音に急かされながら、これはただの再現に過ぎない、と言い聞かせる。
薄闇の中、七月の双眸は濡れた光を帯びていた。
雫のシャツのボタンを上から順に外すと、左右にはだけられた布地から現れた肌を、七月がひと撫でする。胃の辺りにわだかまった熱が期待するように燃えはじめ、まだ愛撫とも言えないあどけない七月の指先の接触を、凝視している久遠を意識するだけで、漣のような快楽が全身に広まる。
「っ、ぁ……っ」
胸部に触れられると両脚に力が入り、雫は爪先を丸めた。胸の突起を少しつままれるだけで喘いでしまう自分を、拒絶できない。熱を発した七月の指先がふたつある尖りの周囲をそれぞれ旋回し、爪と肉の段差が、尖った部分を優しく引っ掻くように潰すと、そこが性感帯であることを識った最初の夜よりも、強く鮮やかな欲望が雫の神経を逆撫でる。
「雫は……胸をいじられると、声が出てしまうんだね」
囁くような静けさの中、久遠の指摘に雫は頬を火照らせた。
「ちっが、ぁ……っ」
まるで久遠にされるように、少し深いところまで蕩かされ、全身が心臓になったように、鼓動が走り出す。無様な声を上げまいと耐えていると、七月に名前を呼ばれ、我に返った。
「……雫さま」
「っ……ん」
久遠にすべて見せると決めたのは、雫自身だ。「再現」の意味を素直に解釈し、隠し立てすることなく、矜持も羞恥も投げ打つと決めた。
(そうだ。これは……)
「ぁ……、ぁっ……」
オメガの血を持つ者として七月にあさましくねだった過去がある。なら、久遠にも同じことを表明しないとフェアじゃない。過去の約束があろうとなかろうと、雫の気持ちは変わらない。結果、久遠が心変わりしても、久遠の影響を受けた雫の心が変化したとしても、久遠を好きであることは、変わらないだろう。
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