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第22話 恋と情熱(*)(2/3)

 浮気現場の再現のような交流を大切な婚約者に晒すなど、正気の沙汰ではない。だが、眩しい晩夏の蒼穹の下、西洋風東屋の中で、涙を滲ませ雫を好きだと言ってくれた久遠は、身喰いで暴走を自制した七月と同じぐらい、雫にとって大切な存在になっていた。 「んぅ……っ、ぁん……っ、ぁ、ぁっ……」  もう嘘は、つかないし、つきたくない。  七月の呼びかけを咀嚼した雫は、あえて力を抜こうと努めた。生じた隙に快楽が入り込み、雫の意志とは関係なく身体が跳ねる。久遠の視線を浴びる状況は、雫を真摯に、淫らにした。 「な、つき……っ」  あの夜と同じ気持ちで呼びかける。七月の顔が近接し、触れるか触れないか、わからない距離で瞼を伏せた雫の唇に、そっとぎこちなく唇が重なる。  わずかな接触の瞬間、久遠の掛けている椅子の肘掛が、ぎっと音を立てた。 「はぁ……っ、ぁ、んっ、ぅ、ん、んっ……んぁ、ぁ、ぁぁっ……く、ぉ……っ」  楽器のように喘がされ、小さな吐息さえ雫の喉奥で、もどかしげな声に変換される。甘い悲鳴が、沈黙に包まれた部屋を衣擦れの音とともに充してゆく。やがて制御のきかなくなった身体で雫がのたうち、甘える頃には、場所が西園寺家所有の別宅だという概念さえ抜け落ちていた。 「はぁ……っ、ぁっ、くぉ……っ、く、久遠……っ、ぁんっ、ゃ、ぁっ、ぁぁっ、くぉ、ん、もっ……と、ぃっ……好き、それ……ぁっ、し、して……っ」  視界が濁り、七月の影が、甘く滲む声で雫を褒める。 「お上手です、雫さま」  お世辞だとわかっていても、耳元で囁かれると、蕩けてしまいそうだ。 「ん、ぁっ、久遠……っ、好き、すき……っ、ぃっ、ぃ……っ、して、くぉ、好き、っから……ぁ、ぁぁっ……!」  恥じらいが引き潮のように遠ざかり、淫らな行為に雫はうっとりした。無意識のうちに身体が波打ち、久遠と同化した七月の指に高められると、触れられてもいない下肢の一部が、やがて言い訳できない角度で反り立ち、脈動しはじめる。 「久遠……っ」  タッセルを握っていた拳をほどいて、久遠へ向け、右手を投げ出す。これが、どれほど恥ずかしく、どれほど快いか、わかって欲しい。 「くぉ、んっ……ぁっ、ぁ、願……っ、す、き……っ、好き、んっ、久遠……っ」  立て続けに上がる雫の甘い声に、七月が息を詰める。ぱたたっ、と雫の頬に、七月の汗が落ちかかり、どちらも少しずつ呼吸が荒くなりはじめていた。  その時、ぎしりと肘掛け椅子が鳴り、久遠が脚をほどいた。 「雫……」  伸ばされた久遠の指が、包むように雫の右手を握る。久遠はベッドサイドに跪き、囁いた。 「好きだ、雫……」 「ぁっ……」  指先に吐息がかかっただけで、震えるほどの快楽が生じる。 「きみは……こんな刺激で感じてしまうの……?」 「は、ぁ、だっ……て」  すべてを晒すのは、それが誠実さの表れだと考えるからだ。ぼんやりした暗闇の奥で、久遠の両目が煌々と輝いている。唇が半分、ほどけて、雫の指にくちづけが落ちた。 「ん……っ」  どんな刺激より、そのわずかな接触に反応してしまう。思わず雫が久遠に縋ると、闇の中で少しだけ泣きそうな顔をされた。 (溺れて、しまいそうだ……)  オメガの欲望を晒しているはずが、大切な宝物のように扱われるから、勘違いしてしまう。久遠に期待外れだと言われたら、きっと傷になる。でも、それが久遠の気持ちなら、どんな種類のものでも大事にしてしまうだろうと、雫はわかっていた。 「久、遠……?」  ベッドサイドへ片膝を乗せた久遠が、雫の額に触れるだけのくちづけを落とす。少し冷たい唇の感触に雫が目を閉じると、次に右手首の内側にくちづけられた。久遠の両手が震えている。雫に覆いかぶさっていた七月は、いつの間にかその場を明け渡すように身体を起こし、久遠へ譲ろうとしていた。 「ごめん、雫……きみがこんなに可憐だなんて、思いもしなかったから……」  か細く震え、恥じらいを含んだ小さな囁き声で久遠は紡ぐ。 「知らなかった……、こんな風に、なるんだ。きみが……あの雫が、こんな……」  呟きは次第に確信へ変わりはじめ、感極まったまま、投げられた。 「こんなに……可愛くなるんだ」 「んっ……っ」

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