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第22話 恋と情熱(*)(3/3)

 触れられるたびに、小さな衝撃が走る。雫はもはや、息を乱し、頂点へ届かないもどかしさに焦れるばかりだった。久遠は雫の頬を撫でると、恨めしそうに言った。 「最初から、こうするつもりだったんだな? 七月」  絞り出された久遠の声に、七月は機械的な声音で謝罪した。 「……申し訳ありません、久遠さま」  七月は雫を挟んだ対岸で、久遠と対峙し、招くように片腕を上げた。 「これが……我々の至った場所です。しかし、この先はまだ、拓かれておりません」 「うん……」  短く頷いた久遠が、まるでずっと欲しいものを我慢し続けている、拗ねた幼子のように見える。 「あなたの、望むままに。これは、そのための行為です」  七月の差し出された手の中には、新品の黒いレース製のチョーカーがあった。久遠はそれを受け取ると、滲む声で言う。 「……策士だな、きみは。それに、少し狡い」  首に黒いレース製の首輪を巻くと、久遠は七月を少し挑発するような口調になった。 「僕をけしかけたことを、後悔しないか?」 「リスクは承知の上です」 「意地悪なところは、誰に似たんだか……。きっと雫にも、こんな調子なんだろ?」 「おそれいります」 「褒めていないよ。っもう……」  機械的に応える七月を、久遠は少し不満そうに睨んだ。色の滲んだため息とともに、久遠の指が雫の胸部へと伸ばされる。 「んっ……!」  初めての直の接触に、緊張のあまり、ぞわりと鳥肌が立つほど感じてしまう。到底、声を抑えられずに、雫はのた打つのを堪えた。 「僕のものにしても、いい……? 雫」  久遠は問うと同時に、尖りを摘まんだ。 「ぁ、ぅ……っ、ぁ……っ、く、ぉ……っ、ん……っ」 「すごく可愛い。きみは、とても愛らしい反応をするね……?」  雫を褒めた久遠が、雫の身体を跨ぐ。前髪を優しく撫でられ、頬に頬を接着させると、耳元に直接、言葉を吹き込まれた。低く掠れて色めいたその声に、背中をさすり、安心させてやりたい気持ちが芽生える。同時に雫の愛撫を求める身体は、オメガの快楽を欲しはじめていた。 「七月と一緒がいいかな?」 「っ……っん」  尖りを指先で弾いたり、捏ねたりを繰り返しながら、久遠は決定的な刺激を避け、甘い笑みを浮かべて虚空に問う。雫がまともな反応もできないほど感じ入ってしまっているのに、やめようとはしなかった。 「きみに触れるたびに、僕の心臓がどれだけ幸福な負荷に耐えているか……この柔らかな場所を蹂躙して、きみを泣かせるのも、僕のものにしてしまうのも、今なら不可能じゃない」  七月は久遠に愛撫のすべてを託してしまうと、雫の髪を一房つまみ、安心させるように指に巻いた。凛とした自制の空気を漂わせながら「大丈夫です、雫さま」と呼びかける。溺れそうな雫の視界には、美しいアルファがふたり。久遠が七月の耳元へ、何ごとかを囁き、内緒の相談を終えると、ふたりの視線が雫へ向かう。 「震えている……怖い?」  どうされてもいい覚悟を決めてきたつもりだから、雫は素直に頷き「欲し、い……っ」と口にする。婚前交渉をするオメガは、建前上、法律的手続きを踏んだオメガより一段劣るとみなされる。それでも、久遠が望んでくれるならと、肚を決めてきた。 「大丈夫。約束したから、これ以上、先へは進まない。うなじも、中も、きみを傷つけることはしない。代わりに、ちょっときみを特別にしてあげたいんだ。いい……?」  意味が掴みきれず躊躇う雫に、七月が促すように頷くと、久遠は長く骨ばった指で、雫の唇をふに、と撫でた。 「久、遠……?」  乱れた呼吸のまま、雫は久遠を呼んだ。 「うん……?」 「おれ、きみが好き……だ」  不安めいた声音でも、気持ちを形にする。雫の言葉に一瞬、目を瞠った久遠は「うん」と頷き、嗜虐的な顔立ちになった。 「僕もきみが好きだ。だから……今日は少しだけ、しようか。……七月も、いいね?」 「仰せのままに」  頷く七月が雫へ視線を流す。先ほど「大丈夫です」と言われていたから、きっと七月の判断をもってしても問題ない道をゆくのだろう。何より、身体が限界を訴えていた。 「ん……っ。おれ……も、きみが、欲しい……久遠……、欲しい、から……」  震える声で訴えながら、頬が、全身が、熱くなる。淫らでいやらしく、あさましい姿を久遠に晒すのは初めてだった。何より、少し悪逆めいた久遠の表情に、ぞくぞくと期待が膨れ上がる。 「僕も――きみが欲しいよ……雫」 「ぁ……っ」  雫の肯定を待っていたかのように伸びてきた久遠の両指は、性感帯となった雫の胸の突起を優しく圧し潰すように捏ねた。

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