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第23話 愛と矜持(*)(2/4)
肉体的にも精神的にも、限界が近づきすぎて、飢餓のあまり正常な判断ができない。
「も……っ、これ、ぃ……じょ、ぁっ、んぅ、ぅんん……っ、はぁ、ゃ、らぁ……っ」
過ぎる感覚に身体の下のシーツをくしゃくしゃに乱し、散々、呼吸を繰り返しているのに、酸素が足らずにまた喘ぐ。身体の芯が痺れ、そのままじわじわ高みへ追いやられるかと思うと、突き落とされる瀬戸際で、久遠に止められてしまう。
「ぁ、ぁ……っ」
あとひと押しが、疑似餌の如く示され、押し上げられたかと思うと、あと一歩のところで引き潮になり、雫を容赦なく削る。繰り返されるうちに、満ちる感覚に高揚を味わわされながら仰け反り、わけのわからない哀願が口から零れる。
「ぅ、ぅぅ……っ、ゃらぁ……っ、くぉ、これ……っ、も、がま、でき、な……っ」
「うん……?」
相槌を打たれるが、指先も唇も、そのままだった。
「あまり暴れると、噛んでしまうかもしれないよ? 雫」
おそらく、久遠は雫の口内にある、七月の指への配慮を示したのかもしれない。だが、雫は別の意味に取ってしまう。
「ゃっ……ぁ、し、して……っ、か、んで……っ、ぃ、から……っ、っも、ぁぁっ……っ」
「そう……?」
久遠は頷くと、ぢゅっと音を立てて乳首を吸う。
「ひぁ……! ぁ、ぅ……吸っちゃ……ぁっ!」
強くされると、びくびくと身体が震え、雫の脳内で何かがひしゃげる音がした。それまで口内に居座っていた七月の親指が外れ、久遠の頭部が、雫の暴れ回る鼓動を内包する、心臓の上に落ちてくる。
「雫……」
千々に乱れる雫の心音が、久遠の鼓膜に吸い取られる。汗で湿った久遠の頬が肌に密着し、ずっと弄られ続けていた乳首を、指先で遊ぶように弾かれるたびに衝撃が走った。
「ぁあぁ……っ、も、んっ、ぁっ、ぁっ……っき、もち、ぃ……っ、くぉ……っ、た、助け……っ、んんぅ、っひ、ん……っ!」
目眩を覚え、必死で空気を求めていると、七月による雫の腕の束縛が解けた。雫は半ば無意識に両腕を伸ばすと、片方で七月の袖を掴み、もう片方で久遠の背中をかき抱く。
「願……っぁ、ぁっ……ぅ、ぁっ……!」
引き寄せると、首筋に久遠の乱れた呼吸が当たる。雫の鎖骨に残ったままの、かつて七月により付けられた噛み跡を、久遠が唇でなぞり、くちづける。一方で、七月は許しを請うように、雫の乱れ髪を梳きながら告げる。
「……お教えしたはずです、雫さま」
いつの間にか瞑ってしまった瞼を上げると、視界には、穏やかな影の中、歪な欲望を滲ませた、二対のアルファの視線があった。ここから先は、矜持の問題だと、言外に告げられる。同時に、七月が雫の主導権を完全に久遠に譲ろうとしている事実に、雫は覇気のない目で零した。
「っ……ひど、ぃ……っ」
あんなにしたのに、当初の約束どおり、七月は最後、久遠に向けて雫を手放すつもりでいる。異父兄弟のアルファとオメガに、他の選択肢がないことはわかっているが、別れを示されると、喪失感に心が軋んだ。
「あなたにお仕えして……誠実だった時の方が短かかったかと存じます」
「ぃ……じ、わる……っしな……っ」
「これは、必要なことです。雫さま……」
七月にしたことを、久遠にも開示する。その約束はまだ生きている。声に出し、久遠にわかるように、ちゃんとねだること。情欲の火元を、雫が久遠に差し出さずには、この儀式は完結しない。
ぐずぐずになりながら、雫は、近距離から注がれている久遠の視線を意識した。雫はふたりに縋り付くと、震える唇をほどいた。
「願……ぃ、く、ぉ……っ」
男なのに、半裸であられもない姿を晒し、乳首を少し弄られただけで我を忘れてしまう、淫らなオメガ。その姿のまま、七月にしたように、いかせてくれとおねだりする。それが目的地だと決まっていたから、近親憎悪と呼べるほどの悔恨を七月に抱いたとしても、互いにその手を緩めることができなかった。たとえ今まで、こんな風に人を呪ったことなどなくとも、七月が望む以上、止められない。
「ぉ、れ……っ、ぉれ、を……っ」
だから、雫は溢れてしまう。
「うん……?」
聞き返す久遠に届く雫の鼓動は、もう原型をとどめていないだろう。
「ぉれ、を……、して……っ、めちゃくちゃに……して、ぃ……から、っして……っ」
「雫……」
久遠が奥歯を噛み締め、雫が発した言葉を吟味しているのが、わかった。双眸にためた涙を溢れるに任せた雫は、全身が火を浴びたような羞恥に苛まれながら音を上げる。薄氷のような理性が砕け、久遠と七月ごと、情欲の水中へ沈んでゆく。
「も……っ、がま……っで、きな……っ、ぃ、ぃ、一緒に……っ、ぃ、きた……っ」
「……うん」
吐露すると、小さく久遠が頷いた。言葉の稚拙さに、分別の未熟なオメガの戯言だと思われてしまうかもしれない。だが、今は何を引き換えにしても、愛撫の先にあるはずの、蕩けるような絶頂が欲しかった。
だが、すべてを開示すると、久遠は起き上がり、雫から身体を離した。
「っ……」
(ああ――失望、させた……)
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