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第23話 愛と矜持(*)(3/4)

 久遠の肩甲骨を捉えていた雫の指先が、シーツに滑り落ちる。哀しみとともに瞼を伏せ、祈ることもできなかった。雫の姿に幻滅を抱かせてしまったとしたら、理解したふりをしてでも、久遠を責めずに別れたい。  ヒビの入った心のまま、どうにか雫が理性を絞り出し、守ろうとした時だった。  完全に離れたはずの久遠の指先が、不意に雫の硬くなった下肢の先端に接着した。 「っ……っ!」  呼吸が止まるほど驚いた雫の身体が跳ねる。 「こんなに勃たせて……いつから? 雫……?」  啜り泣きのような呼吸とともに、一筋の勇気を振り絞り、瞼を開ける。すると、脚の間にある布越しの屹立に接着した久遠の人差し指が、ついと着衣をなぞりながら、上へと向かいはじめた。下腹から臍を通り、鼓動の乱れた心臓のすぐ脇を通り、鎖骨を通過し、喉仏をなぞり、やがて雫の下唇へと到達する。 「は……っ、くぉ……っ」  そんな風にされたら、諦めきれない。久遠の刺激に感極まった雫が、シーツの上に落ちた手のひらをぎゅっと握ると、その拳を七月が緩く掴んだ。久遠の指先に、ぐに、と曲げられた下唇が震える。久遠は雫の額に額を付け、そのまま鼻先を付けたあとで、曲がった下唇を柔らかく食んだ。 「興奮している……? 僕もだけれど……、まだ、大丈夫、かな……」  唇に息がかかり、直接吹きかけられる言葉が甘い。身体を蕩けさせるその声に、雫はただ唇を震わせる。 「……こんな時、どんな話をすればいいのかな。それとも、きみらは黙っているの……?」  至近距離から覗き込んだ久遠が囁く。滔々とした光を宿した闇色の眸が、雫の眼差しの揺れひとつ見逃すまいと窺っていた。視線が絡むと甘いものが満ち、七月が回答を用意するわずかな間も、久遠に食まれた下唇が痺れる。 「尋ねない限り何も仰らないことが多いですが、「いい」「好き」などとは、わりと素直に。それと……」  息を詰め、胸がいっぱいになった雫が、久遠の眼差しから視線を外せないまま零す涙に、久遠はゆっくり目を眇める。駄々を捏ねることも、嫌がることも許されず、久遠の眸にすべてを暴かれてる。 「感極まると、おねだりなさいます」  七月の返答に、久遠の眼差しが一瞬、満足げな色を湛える。 「……そうか」  唇をそっと離した久遠は、やがて雫の喉笛に優しく歯を立てた。 「ぁ……!」 「うなじは噛まない。でも……ここを、もらうよ」  何度か甘噛みを繰り返されるうち、食い破られる畏れと、少しだが介在する痛みに続く快感に、雫の身体はがくがくと不随意に震え出した。 「ぁっ……ぁ、くぉ……っ、んっぁ、ぁ……っ!」 「こんなところも感じるの? きみの性感帯を見つけるのは、宝探しみたいで好きだな。どれくらい暴いたら、可愛くおねだりしてくれる? それとも……七月にはできても、僕にはできない? それも可愛いけれど、少し妬けるな」  喉笛を食い千切られる緊張感の中、何度も甘噛みを繰り返され、雫は不覚にも興奮を覚えた。涙が溢れて、もう睨む力さえ失うが、やがて久遠が大きく衣擦れの音をさせたかと思うと、スラックスの布越しにではあるが、そそり立った自身の屹立を、同じ状態になっている雫の先端に、押し当てた。 「ぁ……っ!」 「……これで、きみと一緒にできる……」 「勃……っ、ぁっ……、ぁぅ……っ!」 「雫は、ここも弱いの?」  喘ぐと腰を小さく揺らされ、その妖艶な動きに鳥肌が立ってしまう。喉元に食いついて遊んでいた久遠は、半身を起こすと、片手で雫のうなじにかかる髪をそっと撫でた。もう片方の手は、七月とともに、雫の胸の尖りに吸い付いて悪戯をはじめている。 「く……ぉ……、久遠……っ」  哀願することすらできずに名前を呼ぶ雫の腰が、無意識のまま薄く浮く。ぷくりと育った胸の尖りを、左右ばらばらに愛撫されながら、緩く腰を回す久遠の動きが、雫の敏感な先端に伝わると、布で隔てられているにもかかわらず、膝が震え、力が抜けてしまう。 「ぁ……っぁ! ぅぁ、ぁ……っ、久、遠……っ!」 「ん、気持ち、いい……? 雫」 「んっぁぅ……っ!」  最初は単純な動きだったが、雫がついてくるのがわかると、久遠のそれは、たちまちいやらしい感情をかき立てる動作に変わってゆく。 「ぁ……ぁぁ……っ! も、もぅ……っ、ゅ、ゅ、許……っんぁ! ぁぅ……っ!」  淫らな動きを繰り返し、捏ねられると、頬に火が点くような羞恥が湧いた。快感に目を閉じようとすると「雫……?」とまるで途方に暮れた声で久遠に呼び止められる。 「気持ち……いい? 雫、声……聴かせて?」  興奮しているのは間違いなく同じなのに、至って怜悧な久遠の声音が、雫を突き放す。擬似行為であることは、もう疑いなかった。久遠と七月に胸の尖りを愛撫されつつ、久遠と互いに布越しの屹立をすり合わせ、淫らな真似ごとに耽る。甘い愉楽に腰が反り返り、無意識に久遠に応えようとする雫は、もう何がどうなっているのか、把握するのが難しくなっていた。

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