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第24話 約束の理由(4/4)
「雫、入るよ? 眠ってしまったかな……?」
久遠とともに主寝室へ入ると、雫がちょうど身体を起こしたところだった。
「あ……、おれ……」
「ああ、そのままでいいから」
穏やかな声で告げると、久遠は嬉しげに歩み寄った。
「久遠、ごめん、おれ……」
「どうして謝るの? 身体、拭いてあげようと思って、少し外していたんだ。寂しくなかった? 不安にさせたならすまなかった。少しの間、起きていられる?」
立て続けに投げられる久遠の言葉に、雫はこくこくと、首を縦や横に振りながら応える。かいがいしく世話を焼きはじめる久遠に、些か毒気を抜かれた七月は、少し呆れてしまった。
「七月にも……め、迷惑を……」
久遠に肌を晒した雫と目が合うと、頬を上気させ、七月にも言葉を贈る。
「とんでもございません、雫さま」
身体に巻つけていた上掛けを、おずおずと下げた雫の肌に、七月が衝動的に施した愛咬の跡を見た途端、愛しさが溢れ出す。雫の手がぎゅっと握られたのを見た久遠が、その上に手を重ねる。
「素敵だったよ。きみが嫌じゃなければ、またしたい。考えておいて」
「久遠……」
頬に泣いた痕跡があり、擦ってしまったらしく、目尻が朱に染まっている。その眦を久遠の指がそっと撫で、愛しそうにくちづけるのを目の当たりにした七月は、ずっと背負っていたはずの何かが、するりと身体から抜け落ちたような開放感を覚えた。
「あの……っ、これ、へ、平気……だから、ひとりで……っ」
「平気じゃないよ。さ、手を退けて。安心して。暗いから見えないよ。ああ……きれいな背中だ。次があれば、ここにも触れてあげよう。大丈夫。嫌いになったりなんかしないよ。むしろ、きみの可愛いところが見られて、とてもよかった」
恐縮する雫の世話をする久遠は、完全にオメガの虜になった好青年にしか見えない。だが、七月はその夜、初めて久遠の芯に触れた気がした。
(この若者は――……)
二十年という歳月が、報われた気がした瞬間だった。同時に雫を傍で育ててきた、もうひとりの存在に七月は気づく。雫と伴走してきたのは、七月だけではない。久遠もまた、途中から「恋情」という形の情を、雫に捧げ続けてきたひとりなのだ。
一度は敵手とみなした相手に、戦友にも似た感傷を抱くなど、愚かなことだと自分を蔑むべきかもしれなかった。だが、七月は久遠を手伝いながら、許可なく雫を盗み見ることを、かたく自らに禁じた。
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