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第30話 ひとりのオメガ・ふたりのアルファ(*)(1/4)
雫は薄闇の中にいた。
記憶を手繰ると、久遠と七月の前で発情促進剤を口にしたことを思い出す。ふたりを裏切った後悔に胃の中が真っ赤に燃え、味わったことのない衝動に蝕まれる。
「ん……っ」
薄く開かれた扉のすぐ向こう側で、久遠と七月の言い争う声がする。アルファの声が頭蓋の内側で反響し、不可解な波が鼓膜をくすぐった。何を話しているかはわからないが、聞いたことのない七月の激しい口調と、頑なな緊張を孕む久遠の声だ。
「ん、ぅ……」
アルファの声だから、甘く響くのだろうか。試しに身体を起こそうとするが、視界が回り、力が入らない。
「ん……っ、はぁ……っぁ、ぁ……っ」
シーツを握りしめ、もがく。一度も触れたことのない場所に、明確に欲しくなる。唾液が溢れて唇を濡らし、白いリネンを汚す。愚かだとわかってはいたが、これほど苦しいとは思わなかった。片腕を犠牲にして止まってくれた七月の意志が、どれほど真摯なものだったか、やっと少しの実感を伴い、理解できる。
「ぁ……ぅぅ……っ」
次に正気に戻った時、不安げに眸を揺らす久遠が視界いっぱいに映り込んだ。
「苦しい? 雫……。今、楽にするから……」
どれぐらい時間が経過したのか、いつからいるのか記憶がない。が、目覚めた途端に強い雄の匂いを感じた雫は、委細かまわず腕を突き出し、久遠に縋ろうとした。
「久……っ」
「暴れないで。七月、雫を押さえていてくれるか?」
「はい、久遠さま」
過呼吸のような嗚咽を漏らし、情けなさに視界が曇る。経験もないくせに下腹の中を擦って欲しくて、アルファを丸呑みにしたいと思ってしまう。
抵抗と思われたのか、雫の背後に回った七月に両手首を掴まれ、頭部と同じ高さに固定される。
「ゃ、だ……っ、ゃ……」
護身術も形無しの七月の束縛は、抗っても解けない。
「……外れた。これでよし」
雫のネクタイを首から抜いた久遠は、次にワイシャツのボタンを外しはじめる。美しい鼻筋が視界に映り込み、途端に久遠を喰らいたい欲が強くなる。完璧な形の唇に吸い寄せられるように雫がくちづけを望むと、久遠の指先が雫の下唇を、ふに、と押し止めた。
「雫、よく聞いて。今からきみを……抱く。七月と僕と、三人でするんだ。うなじは穢さないよう努めるが、順番を入れ替えることになる。……ごめんよ」
許しを請うのは雫の方なのに、言葉がまったく浮かばず、頭にも入ってこない。滲む久遠の声にあてられ、指先に甘えるように歯を立てると、久遠が眦を朱に染めた。
「つらいよな……雫。ちょっとだけ我慢してくれ。ちゃんと、元に戻すから」
嫌々をして七月を振り返ると、やはり目尻を染めていた。誰でもいい。この空白を充してくれるなら。頭がくらくらして、何もわからなくなるまでかき回してくれないと、充足しない。
「んっ、んんっ……んー……ぅ」
歯を食いしばっても、甘い声とともに唾液が溢れる。背後の七月が雫の手首を解くと、弾みで前に重心が傾き、久遠の襟首を引き掴んだ勢いのまま、引き寄せる。雫は、されるがままになっている久遠に顔を寄せ、唇に吸い付いた。
「んぁ……っむ、んん……っ」
口内は少し冷たく、滑らかだった。雫が舌を求めて唇を開くと、それまで従順だった久遠に抱きかかえられるようにして、唇を貪られる。
「んぅ、ぅー……っ」
呼吸が乱れて甘い声が出る。こんなのは自分じゃないと、雫がもがくほど、足を取られて嵌まってゆきそうに錯覚する。久遠にキスをされながら、雫の背後を断つように七月が身体で支える。同時に久遠の両手が、襟を握っている雫の手を、ぎゅっと包む。
「きみの気持ちは、よくわかった。乱暴が過ぎたら、許してくれ、雫」
言うなり久遠は、七月にもたれかかることで身体を支えている雫の顔中にキスを降らせはじめる。逃げることも避けることもできず、背後から伸びる七月の両手にシャツのボタンをすべて外され、スラックスのベルトを解かれた。
「あ、っ……っ」
「お許しくださいとは、申しません。七月も、少し怖いです、雫さま……」
耳元の七月の声が震え、鼓膜を通り抜けるたびに身体が甘く反応する。久遠も頬を上気させ、雫を求めて腕を伸ばした。
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