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第32話 ことのあとさき(4/4)
「雫との約束が守れているのは、七月がいてくれる側面が大きい。順番はあべこべになってしまったけれど、もらい事故だと思おう。雫には、あんな形で初めてを奪ってしまって、悪かったけれど……」
「そんなことない」
「……ないの?」
戸惑いを含んだ久遠の声に、どれだけ不安と心配をかけさせたのか悟る。だから、ちゃんと言葉にしたかった。
「ない。全然ない。し、してくれて……嬉しかった。言うのが遅くなってしまったけれど、ありがとう……っ久遠……?」
言いかけた雫の細い肩を、唐突に久遠が抱き寄せ、首筋に顔を埋める。
「あ、の……おれ、きみに、ちゃんと嫁ぎたくて……っそれで、久遠……?」
雫が戸惑うのを察したのか、久遠はすぐに言葉をくれる。
「ううん、何でもない……無論だ、雫。家においで。七月も一緒に。三人で暮らそう」
久遠はやっと顔を上げると、雫を潤んだ漆黒の眸に映した。
「きみはいつも、まっすぐ人を信じるよね? それは美徳だ。きみが信じてくれるから、応えたいと思う」
「あの、さ。でも、お義父さまや、他の西園寺家に連なる方たちの説得は、おれもちゃんと手伝うし、一緒にさせてくれ。きっと、とても戸惑うだろうし、理解するのも、難しいと思われるだろうから……」
半分血の繋がった兄弟を、揃って久遠が娶ること。さすがに身内から出るだろう不満や反対の声を抑えきれるか、わからない案件だ。だが、久遠は吹っ切れた笑顔を見せた。
「異父兄弟で、愛し合うのはおかしい? 僕が七月でも、きみを愛することは避けられなかったと思うけれどね。それに、僕らが抱く感情は? もし神様がいるのだとしたら、僕らの関係にこそ、赦しと意志が介在していると考えられるのじゃないかな? ま、屁理屈だけれど」
希望に煌めく久遠の眸が眩しい。魔法のように言葉が響き、久遠のことが、とても欲しくなる。
「七月の身の振り方については、さっき話し合っていたんだけれど、基本的な線では合意できたから、おいおいそれについては伝えるとして……雫、そろそろ時間なんだ。手伝うから、着替えよう。七月、悪いがシャワーの間、外を見張っていてくれるかな」
「承知しました、久遠さま」
久遠の肩に掴まり、立ち上がった雫だが、上手くバランスが取れずに崩れてしまいそうになる。よろけたところを支えられてバスルームに向かいながら、雫はふと振り返った。
七月と視線が絡むが、誰も何も言わない。代わりに、今まで見せたことのない安らかな笑みで、七月はひとつ雫へと、大きく頷いた。
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