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第16話
その日から、度々、淫靡な夢を見るようになった。それは、どれもが、過去の記憶ではなく、僕が経験していないものっだった。その度に、僕の欲望なのかと思わされて、恥ずかしくて消え入りたくなる。
さらに厄介だったのが、そうした夢を見るのが、必ず図書室である、ということだった。
この前は、机にうつぶせていると、後ろから大きな身体に押さえつけられて、ゆっくりとボタンを外される。
「聖…」
吐息と共に、低くかすれた声が鼓膜に滲み込むように、届けられる。それだけで、背筋が震えて、仰け反ってしまうと、熱い身体に密着してしまい、ますます生々しさに心臓が暴れる。
「や、だめ…」
柔らかなニットベストの下に大きな手のひらが差し込まれて、過敏に体温を拾ってしまう脇腹をなぞる。抗議しようとすると、すりり、と胸についた飾りを指の腹で撫でられる。最初はむずむずするだけだったのに、執拗に何度も擦られたり、周りを焦らすようになぞられたりする。うず、と先端がざわめきだす頃に、また気まぐれのように指の腹でとんとん、ノックされる。それだけで、何度も背中を電流が流れて、後ろの彼に擦り寄ってしまう。
「聖…、気持ちいい…?」
「んう、ちが…ぁ…」
手のひらを握りしめて湧き起こる何かに耐えていると、頬をちゅう、と吸われる。ぴくん、と肩がすくむと、キスはこめかみや、首筋に何度も振ってくる。その度に、息が乱れる。
瞼を上げると、自分の胸元で、ベストやシャツの下であの大きな手が、僕を弄んでいるのが、もぞもぞと見える。余計、恥ずかしくて、顔に熱が集まっていく。
「んぅ、う…っ、は…」
リップ音が耳の奥に響く。意思を持ったように立ち上がっているその尖りを、指先でつままれて、上下に擦られてしまう。生まれる熱が痛みのように、僕の中でじくじくと広がる。
「ぃ、あっ、やあ…んん…っ」
そうやって、強くいじめられて、もう嫌だ、と思うと、今度は優しく、ゆっくりと先端を可愛がられる。こり、と芯を持ったそれを、回したり軽く押しつぶされたりする。
「や、だめ、だめぇ…っあっ、あ…」
僕を翻弄する腕に手をかけて、仰け反ると後ろから首を伸ばした彼が、唇の端に吸い付いてくる。それに誘われるように、顔を少しだけ振り向かせると、厚みのある舌がぬる、と僕の口内に入ってくる。ちゅ、ぢゅ、と水音が辺りに反響するようで、余計僕を羞恥の渦へと突き落とす。
「ん、んう、っ、ぁ、ん」
唇が開いて、より大きく大胆に舌が動き回ると、何度も鼻から声が漏れてしまう。自分の声とは思えない、はしたない声に、意識は混沌とし、絶望さえ見えてくる。しかし、その中にずっとある、恍惚とした快感を、まだ認めることが出来なかった。
さらにこの前は、僕が図書室のソファに仰向けにされていた。
そして、彼越しに蛍光灯が見えて、目を細めると、影が近づいてきて、唇が降ってくる。いつものように、巧みな舌で弄ばれて、呼吸を整えるのに必死になっていると、顎や首筋、喉仏に唇が吸い付く。鎖骨を甘噛みされて、思わず高い声が出てしまう。
シャツのボタンが、第二、三あたりだけ外されて、横に開かれる。ひや、と冷房の風が、火照った身体に沁みる。
「あぅ、あっ」
ない胸を彼の手のひらが、寄せたり引き上げたり、女性のそれにように揉んでくる。視線を下げると、ちらり、と赤い舌が艶やかに光り、次の瞬間、びりり、と強い衝撃が身体中を駆け巡った。
ぬろ、と滑った熱いそれが、弱い先端を丹念に舐めた。たったそれだけで、爪先が、びん、と伸びてしまうのがわかった。
は、は、と短い息継ぎで、彼を見下ろすと、今の彼が、冷たい目を愉快そうに緩めて、僕を嘲笑うようにもう一度、そこに吸い付いた。周りの肉ごと吸い取ってしまうかのように強く口内に含まれて、周りを熱い舌がぐるぐると回っている。そして、そのしこりを左右や上下に落ちた押して、ぐりぐりといじめる。さらに、空いている片方は、指先で弾くように、ぴんぴんと遊ばれている。
「や、あ…っ…っ!」
どちらも強すぎる刺激で、僕は息絶え絶えに震えるしかできなかった。苦しくて、涙がずっと溢れて、ぐずぐずと鼻も鳴ってくる。
「聖」
それに気づいた彼は、優しく穏やかに僕の名前を呼んで、ゆったりと唇を合わせてくる。労わるように、何度も、濡れた唇を吸い合う。温かい愛撫に、とくんとくん、と心音が穏やかになってくる。涙も、ほろり、とこぼれるが、先ほどよりはつらくない。多幸感で、ふわ、と意識が和らいでいく。
「さく…」
たまらなくて、名前を囁いて、彼の形の良い頬に両手を添える。くすり、と彼が笑った吐息が唇にかかるだけで、甘い痺れが僕を混沌とさせる。その隙に、また乳首を、すり、と柔く親指で撫でられる。芯を持って、こりこりと指先で音を立ててしまいそうなそれを、彼は優しく何度も甘く撫でる。
「ん、ん…」
れ、と舌が口内に侵入してきて、それに甘く吸い付いたり、淡く舐め返したりする。眦をさらに下げて、彼は嬉しそうにキスをくれる。もっとキスをしていたいのに、端正な顔が離れていってしまう。
「んん…、さく…、んぅ…」
名残惜しくて名前を呼んでしまう。首筋を強く吸われて、ぢゅ、と音がする。そして、尖った小さな飾りを指先でつままれ、さらに弱くなっている状態で、親指の腹で、さりり、と撫でられる。
「ああぅ、…んんっ」
湿った唇が、何度か先端にキスを落して、また口内へと吸い込まれていく。
「もう、だめぇ…って、ばあ…あ…」
もう、これ以上は何かが、身体の中から暴発してしまいそうで、怖くて、彼の肩を押すのに、まったくやめてくれない。また、ぐずぐずと泣き出してしまう…
そうした夢ばかり見てしまう。
今まで、やすらぎの場所だった図書室でそういうことをする夢に替わってきているのもあって、よりその背徳感に、心臓が締め付けられる。
今日は、ソファの上でシャツ越しに散々、乳首を舐めつくされる夢だった。いつもかけられている、柔らかなカーディガンを胸元でかき抱く。のそ、となんだか重い身体を起す。心臓が、どく、どく、と大きく鳴っていて、頭もぼんやり重い。
最近、夢のせいなのか、本当に乳首が、以前よりも赤く、大きくなった気がする。時たま、動いた時にシャツが擦れて、甘い痛みが身体に流れることがある。その度に、か、と顔が紅潮するのがわかる。絶対に、誰にも見られないようにする。そもそも僕の顔を、間近で見るのなんか、柊か、夢の中の彼しかいないのだ。今、夢の中の彼、とカウントしている自分が、愚かで、自嘲がこぼれてしまう。
すると、強い虚無感が僕を襲った。
一人で、何してるんだろう。
よく、夢は願望が現れやすいと本で読む。
これが、本当に僕が望んでいることなのだろうか。そう考えれば考えるほど、未だに彼を忘れられない自分が情けなくて、可哀そうで、愚かで、嫌になる。
頭を抱えると、そのシャツの動きで、ぴり、と快感が走り、小さく息をつめてしまう。それもまた、自分を落すには充分な材料で、強く両腕で自分を抱きしめた。なんだか、胸元の、それがある位置のシャツがしっとりと湿っている気がしたが、きっと気のせいだろう。どこまで、いやらしい身体なんだと、心底、嫌になってしまった。
柊がトイレから帰ってくるまで、じ、と自分を抱きしめて、なんとか慰める言葉を探していた。
僕が元気がないのを、柊は楽しい話をたくさんして、元気づけてくれた。健気な後輩の気遣いが、より自分の情けなさを強調するようで、一人、寮の暗い自室に帰ると、強くのしかかる。
カバンを机に置いて、備え付けの洗面台で手を洗う。そして、そのまま風呂に入ってしまおう、と備え付けのシャワー室の準備をする。
「…あれ?」
ふと、脱いだベストの裾の辺りに、何かが着いているのがわかった。白い液体か何かがこびりついているようだった。指先でこすると、ぱらぱら、と簡単に落ちた。なんだろう…と小首をかしげて今日のことを思い返すと、昼に飲んだ牛乳がこぼれたのかもしれない、と考えついた。
伸びきた前髪を耳にかけると、ここにも何か異変を感じる。耳上あたりにある髪の毛の一部が束を作っていた。不審に思い、指でつまんでほぐすと、これも、ぱらぱら、と簡単にほぐれた。何が、苦いようなにおいがした気がする。首をかしげながら、シャツを脱ぐ。
「あ…」
視線が勝手に、胸につく二つの飾りに行ってしまい。気まずくて一人、急いで視線を逸らす。やっぱり、以前より、赤く、ぽってりと膨らんでいる気がする。こんなに主張する存在ではなかったはずだ。しかし、それは、あんないやらしい夢を見るようになったからかもしれない。
また、良くない考えになってしまいそうで、鏡を見やると、また違うことに気づいた。
「増えてる…」
昨日、首筋に虫刺されのような赤い斑点があった。それが、鎖骨のあたりに、もう二つ増えていた。試しに、ぽり、と爪先で掻いてみるが、幸いなことにかゆみはない。昨日のそれもそうだった。昨日よりは、赤みが引いている。六月に入ってから、こうした虫刺されが、たまに首筋周りで起きることがあった。
長袖のシャツを着ることもあるので、手や顔と首くらいしか外に露出していないので、もしかしたら気づきにくい首を狙われているのかもしれない、と結論づけて、かゆみなどの実害もないしいいや、と軽く片付けてしまう。
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