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第29話
「聖…」
彼が耳元で軽くキスを落して、名前を囁いた。顔をかすかに持ち上げると、唇を撫でながら、欲を灯した瞳に射抜かれる。あ、と思っていると、そっと唇が寄せられた。合わさっただけなのに、じぃん、と唇が痺れて、全身が焦げ付くように熱を持ち始める。
「いいか…?」
一抹の不安を持ちながら、彼が控え目に僕に聞いた。彼の放つ色香に気づいて、胸が高鳴り出す。小さくうなずくと、もう一度、ゆったりと唇が触れ合う。離れようとすると、唇がすぐ追いかけてきて、食まれてしまう。
「ん、ぅ…」
甘い花蜜の香りが僕を包み込み、陶酔感に見舞われていると、急に身体が宙に浮いた。驚いていて目を見張るが、僕を見ながらずっと口づけをしてくるのだった。背中と膝裏を抱かれ、横抱きにされながら、僕は彼の首にしがみついた。それに、目元をほころばせて、彼は器用にドアを開けて、暗い部屋へと入っていく。ぎ、と音がすると、壊れ物を扱うかのように、慎重にゆっくりと、僕を柔らかいベッドの上に降ろした。
「あ…」
唇を柔く食みながら、彼の長い指が僕のワイシャツのボタンを一つひとつ開けていく。かすかにその指が震えていて、手慣れた彼が時間をとられていた。彼もそのことに気づいたのか、自嘲気味に笑った。だから、僕も彼のワイシャツのボタンに手を伸ばした。一つひとつ、ボタンが外れていくと、彼の逞しい胸板を見えて、腹筋が見える。彼よりも早くボタンをすべて外し終えたので、その身体に手を這わせる。脇腹に触れると、ぴく、と彼の身体揺れる。するする、と筋肉の凹凸を味わうように、撫で回していると、くす、と笑った彼が唇に吸い付いてくる。そして、大きな手のひらが、僕の胸を揉みだす。なにもないそこを、彼は丹念に揉み、時折、敏感なそこをかすめるのだ。爪先で、くるくると周囲を円を描くように焦らされると、内腿が痙攣し、神経が焦れる。
「んぅ、ぁ…やだ…」
「ん、なんで…?」
僕のぽってりとした下唇を食みながら、彼が問いかけてくる。今までは、そんなこと聞かずに思うがままに翻弄されてきたが、今回は違うらしい。
「なんか、じれっ、たい…」
触って、と上目遣いに見上げると、ごく、と生唾を飲む音が聞こえた。そして、数回唇を吸われると、熱い舌が絡みついてくる。歯列を一本残さずと言ったように、丁寧に舐め、舌の側面や上顎など、弱いところも丹念に舐められる。ぞぞ、と背筋が痺れて、胸を突き出してしまうと、指先がようやく乳首を撫でてくれる。
「んうっ、ん、ぁ、んぅ」
親指と中指で乳輪を摘まむと、その先端を人差し指が、優しくとんとん、と叩いた。それと同時に、唇をちゅ、ちゅ、と吸われる。指先が、くるり、と先端を回すと、舌が口内を回る。連動した動きに、びりびりと痺れ、腰が浮いてきてしまう。足の間に彼の身体が割り込んできて、開かれてしまう。巧みな性技に翻弄されていると、僕の裸の下半身に、スラックス越しに張りつめた彼のそれをへこへこと何度も当ててくる。
「んううっ」
動物のように腰を当ててくる彼に目を見張るが、彼は満足そうにうっとりと僕に深い口づけを施すばかりだった。
中等部の頃から、何千人の前で堂々とスピーチをする彼を、ずっと見てきた。見ないようにしていても、結局彼のことを見てしまう。目で追ってしまう。そんな彼が…。
じわ、と下腹部ににじむような感覚があって、一瞬、漏らしてしまったのかと焦ってしまった。確認のために手を伸ばそうとしたら、彼の手に捕まって指を絡めて、シーツに押し付けられてしまった。
胸の先端を、ぴんぴん、と弾かれると、舌先を尖った舌が弾いてくる。強い電流に、指先に力を籠めて彼の手を握りしめてしまう。親指が、すり、と優しく僕の手を撫でる。それすらも、僕の身体は簡単に甘い快感へと変えてしまうのだった。
「聖…」
「あ、あうっ」
ちゅぽ、と舌が抜かれると、その舌はしまわれることなく、顎を伝い、喉仏に吸い付いて、鎖骨を噛んだ。そのまま、胸元へと舐め降りて、先ほどまで嬲られていた乳首を、唾液をたっぷり含ませた口内に頬張った。ちゅぱ、と強く吸われて離されると、赤く熟れた乳首がすっかり勃ちあがり、か弱く震えているように見えてしまう。その羞恥に顔をより染めると、彼が嬉しそうに微笑んで、もう一度、その飾りを口に含んだ。ざりり、とざらついた舌で舐められると、他の刺激とは比較できない快感が身体に蓄積されていく。
「あ、んん…っ、あぅ…」
シーツを掴んで悶えていると、息をついた瞬間を狙ってか、ずにゅり、と後孔に指が侵入してきた。とろ、と割れ目に何かが流れるのを感じて、いつの間にローションを用意したのだろう…と疑問に思っていると、気を抜いているのを見透かしたように、小さな尖りに彼のきれいな犬歯がかする。アルファらしく発達し、立派な犬歯と舌に挟みながら、ころころと転がし、僕の反応を見つめていた。
「やぁ…、んうっ、それ、や、だぁ…あ、んっ」
「嫌なのか?」
彼の唾液で濡らされた真っ赤な乳首に、ふ、と吐息をかけられる。強い刺激を受けていたそこに柔らかな息がかかり、その緩急に全身が粟立って悦んでいる。
「んう、んん、あぁ…っ」
ぴくん、ぴくん、と跳ねる僕の身体を抱きしめて、背骨を辿りながら、同じように腹筋を舌でなぞられる。
「ひゃ、あぁ…っ、ぅんん…」
磁石で挟まれるように前後で身体をなぞられて、細かく肩が跳ね、それから逃れるように身体を横にひねった。彼の身体をまたいで、足を閉じて倒れる。熱に支配される身体の乱れる呼吸をなんとか整えようと、シーツを握りしめていた指先をぼんやりと見つめる。耳裏から項にかけて、びりびり、と主張するかのように、ざわめいている。そのあたりを、手を当てると、そこに彼がキスをする。ちゅ、と可愛い音に、視点のはっきりしない目をやると、頬を緩ませた彼が、僕の唇にも吸い付いた。
「聖…」
「んぅ…」
右太腿を指先が触り、手のひらで撫でられると、ひくん、と後孔が反応するのに、気づいてしまった。恥ずかしくて、腿をきつく擦り合わせようとしたところで、内腿に手を指しこまれてしまう。皮膚の薄いそこは、過敏の彼の動きを感じてしまう。
「んぅ、ぅ…っ、あ、んう…」
言葉にしようとすると、彼の舌が僕の弱いところをくすぐり始めてしまう。頭がぼう、としてきて、早く、腹の奥のうずきを収めてほしい、と、後孔が何かを誘うかのように蠢いているのを感じた。きゅん、と切なく主張するそこに気づいてしまうと、気になって仕方がなくなってしまう。だから、彼が太腿を持ち上げるのにも、おとなしく従う。むしろ、早く欲しい、と腰が揺らめきだしていた。それに彼が気づいて、目を細める。甘い瞳に、さらに胸が高鳴ってしまう。
「聖、欲しいのか?」
「ぅあ…え…?」
下唇を、ちゅ、と吸われて、口元を緩やかにした彼が、僕に聞いてくる。なんて答えれば良いのかわからなくて、瞬きを何度もしてしまう。戸惑っている僕を、くすり、と彼は笑う。
「これ」
「んあ…っ」
そういって、彼はどくどくと脈打つ熱棒で僕の後ろをなぞる。ちゅう、と後孔は嬉しそうに吸い付いてしまい、か、と全身の血が沸き立つ。
「欲しいか?」
目の前の彼を見上げると、嬉しそうに頬を染めていて、ぽた、と汗が頬に落ちてきた。彼の花蜜の香りがより強まって、僕は思わず唾を飲んで、小さくうなずいた。すると、唇を塞がれ、舌を吸い出される。その舌に、彼の舌が唾液をたっぷりつけて、まとわりついてくるかのように舐めながら、僕の口内に入ってくる。それと同時に、彼の硬くて大きいペニスが、ゆっくりと挿入される。
「あ、ぁ、っ…ぅんんっ」
下腹部から、指先まで強い電流が流れてくる。全身が彼の挿入を悦んでいるようだった。仰け反って、喘いでいると首筋を何度か強く吸われて、彼は上半身を起こした。そして、前髪を邪魔そうにかき上げて、僕の右太腿を抱えた。ぐにゅ、と彼の熱い先端が、内壁を押し込むように撫でた。それだけでも、猛烈な射精感に襲われて、言葉を失ってしまう。
「聖、いい?」
何のことはわからなかったけれど、もう何でも良くて、気持ち良くて、とにかくうなずいてしまった。よかった、と小さくつぶやき、ゆっくりと腰を動かし始める。時間をかけて、抜かれて鳥肌が立ち、また身体を割り開かれる快感に声が漏れてしまう。
「ああっ、あう…んんぅ…あ…」
指先を噛んで、快感を押さえようとしていると、彼にその指先をとられてしまう。
「ちゃんと、聞かせろ」
「あっ、やあっ、あ、んんっ」
指先を絡めて、握られてしまうと、ぐぐ、とより深くに彼が侵入してくる感覚があった。
今までで一番深くに彼がいる。
そう思うだけでも、腹の奥が、きゅん、と締まり、ありありと彼の熱を感じてしまう。
「んうっ、あっ、やあっ…あっ…あ…」
それだけで、びくん、びくん、と身体が熱を放出せずに大きく跳ねてしまう。ナカは、ぎゅうぎゅうと彼をきつく抱きしめて、形をはっきりと感じてしまう。ふと、視線を落とすと、彼のペニスがすべて入り切っていないことに気づいた。
「う、そ…、ぜんぶ、じゃない、の…?」
彼を見上げると、睫毛を伏せて耐える色香を放つ端正な顔があった。それですら、疼いてしまう。彼は眉を寄せながら、僕と目を合わせると、まなじりを下げて、腰を揺らめかす。優しい腰使いに、意識はあっという間に悦の中へと引きずり込まれる。
「あぅ…あ、んぅ…んん…」
ゆるい腰使いによって、しこりが丁寧に撫でられてしまう。その度に、足の指先がぴくぴくと跳ねる。
「聖…気持ちいい…?」
「ん、んぅ、いい…いい、よ…っあ、ん…」
とちゅ、とちゅ、と淡く水音が部屋に響く。しかし、身体はもう射精したくてたまらなくなっていた。直接的な刺激がほしくて、物欲しげに自分の性器を見てしまう。それから、彼を見上げると、また機嫌よく笑い、望み通りに、そこに指を這わせてくれた。つつ、と裏筋を撫でられると、今日初めて直接触られた刺激に、腰が引けて、内腿が痙攣してしまう。
「一回、出しとくか」
素直に彼を見上げながら、うなずくと、大きな手のひらが僕を包んで、上下に擦り上げてくれる。
「ああっ、ああっ!」
数回しかしていないはずなのに、あっという間に僕の熱は弾けて、彼の手の中に勢いよく吐精した。最後まで絞り出すように擦られると、くてん、と身体から一気に力が抜けてしまった。僕の足をそのまま開き倒し、彼は僕の顔中にキスをした。あまりにも甘く、優しい時間で、これは夢なんじゃないか、と微睡んでしまう。
(なんてしあわせな夢なんだろう…)
彼にたくさん甘やかされる、大切な恋人同士みたいな性行為に、うっとりと思いを馳せる。重い瞼をうっすらと開けると、彼が角度を変えて何度もキスをしていた。嬉しくて、首に腕を回して、身体を密着させる。とくんとくん、と早い心音が混ざり合って、汗でしっとりとした身体も溶け合うようで気持ち良くて、涙がこぼれた。
(さく…大好き…)
ちう、と唇を食んで吸い付くと、もっと唇を合わせられて、舌が絡みついてくる。
ぐぐ、とナカで彼のペニスが質量を増すのを感じた。そして、先ほどよりも強い腰使いで、僕を乱す。
「ん、うぅ、っあ、んん、ぅんんっ」
「聖…俺以外見るな…」
開いた足を、彼の腰に巻き付ける。少しでも彼と密着していたい。快感が過ぎたばかりの身体には、強い刺激で苦しさもあるけれど、それよりも、この夢のような時間を、もっともっと彼と一つになっていたかった。ほどなくして、彼はおびただしい量の精子を僕に送り込んだ。それでも僕たちは、収まらなくて、ずっとキスをして、抱きしめ合いながら、何度も何度も、快感の底に二人で睦みあった。
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