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第4話 嫌われ者
「すみません。課長、検査結果報告書はどこのファイルに」
「え、えーっとですね……うーん……斉藤さんがいつもファイルしてるからなぁ」
「…………」
「このファイルだったかと……あれ、違った」
そう言ってこっちの課長がタイトル「結果報告書」がついたファイルを出してくれた。でも、うちとの合併前の書類で全くフォーマットが違っている。だから、俺が今、これしか見つけられなくて、それはどこにあるかと訊いたんですよ、と心の中で問いかけた。もちろん課長さんにそんな小言が聞こえるわけもなく、一生懸命探してくれている。
「あ、いいですよ。そしたら、枝島君、下で作業してますよね? 訊いてみますから」
「あ、そうですか? すみません。もう書類の管理はほぼ斉藤さんに任せっきりなもので」
「この人数ですから、大変でしょう?」
書類は斉藤さん、実務は新人の男性社員、枝島。じゃあ貴方は真っ白なワイシャツ姿で何をしているんでしょうか。と、内心冷ややかに話しかけるけれど、本人は、やっと意味のわからない質問への対応を免られるって
心底ほっとした顔をしている。困ったな。この人、本当に……ちょっと、どうなんだろう。
「いえいえ! そんなことは! 私も探しておきますので!」
「えぇ、お願いします」
悪い人、じゃないんだけどな。
うーん。
「本当にすみませんね。えへへ」
良い人、なんだけどな。今回、急な出張だったのに、こっちに来るための手配、かなり色々やっておいてくれたんだ。ホテルを見つけて、車の手配もスムーズになるように連絡取っておいてくれて、地図でもなんでも、迷うことのないようにって下準備をたくさんしてくれていた。
「じゃあ、下、ですよね? 工場」
「あ、はい。そこの階段を降りていただいたらわかると思いますので。わかるかな……やっぱり一緒に」
ほら、良い人、だ。けどなぁ。
「大丈夫です。書類、後で確認したいので」
「あ! はい! はいっ、探しておきます!」
良い人、じゃあ、品質保証課課長は務まらないだろう?
品質保証って、基本、設計側にも生産側にも口うるさく注意をしていく部署だから、良い人、では務まらなくなる。
それもあるんだろうな。厳しい品質保持の目が足りてないというか。
会社の嫌われ役だったり、怖がられる役回りだったりするし、品質関係がしっかりしていれば、会社全体の雰囲気も自然とキビキビとしてくるものだ。
「へー、じゃあ、昨日、テレビでやってたラーメン屋のさぁ」
「あー? 誰だよ。俺のドライバー持ってったのに。返せよなぁ」
「おーい、誰かここにムクの木材置いた奴いるかぁ」
キビキビ……からは程遠いな、これは。
工場の中は上のデスクフロア以上に改善するべき場所が山積みみたいだ。あっちこっちでだらけた会話が聞こえてくるし。工具を勝手に持ち出されるって管理は? それに、木材の置き場所は決まってないのか? 工場内は乱雑でゴミ屋敷って言ってもいいくらい。こんなの、うちの生産課の女性社員が見たら、発狂するかもしれない。こんなとこで仕事なんてできないって、あっちこっちからクレームが鳴り止まないと思う。
なんだ、あのダンボールの山。ゴミ? 中身入ってるのか? それにしては埃っぽく見えるし。足元には妖怪? と目を凝らしてしまうほどの埃の塊が転がっているところもあって。
おいおい、こんな…………じゃ。
「……」
そこだけ、空気がキリリと引き締まっているように見えた。
感じられた。
工場の端、そこだけ、綺麗に整然としていた。
あるのは古びて何年も、何十年も使い込んでいそうな荷重試験機、だろう。多分。見かけたことのない古いものだから定かではないけれど。
それを扱っている一人の社員の周りだけが雑音のような生産課社員のだらけたおしゃべりも聞こえなくなる。雑多な音は、全部弾かれるような感じ。
「枝島、くん、かな」
「!」
へぇ。
「……っす」
「ごめん。試験中に」
「……いえ」
こんな顔してるのか。
「今は、荷重試験の最中?」
「ぅす」
「古い試験機だ」
「……」
「うん。でも、すごく綺麗にしてる。毎日掃除を?」
「っす」
「えらいな」
整った顔をしていた。いつも俯いていたし、数回顔を上げたことがあったけど、顔はここまでクリアに見えなかった。
低い声はパソコンのイヤホンマイク越しよりも滑らかで、耳障りのいい低音。
黒髪は前髪がやや長めで、もったいないことに。切れ長の涼しげな目元を隠してしまっている。
鼻筋がすっと通っていて、なおかつ、顎のラインはとてもシャープ。
二十四、なんだよな?
うちの、本社にいる二十四の新人とは全く違っていて、同じ歳には到底思えなかった。
「あざす」
これが枝島、か。
「前に、本社の、久喜課長が言ってたんで」
「俺?」
「あ、ぅす。整理整頓ができてない場所で品質を保てる分けないって。品質だけじゃない、他の部署の手本にならないといけないって」
言った。というか、それこそ新人には口が酸っぱくなるくらいに言っていることだ。
品質保証課は、何も生み出せない。
「何も生産していないって」
「!」
椅子もソファもテーブルもベッドもチェストも、何も。
「けど、品質を生み出してるんだって」
けれど、椅子に対しても、ソファに対しても、テーブルにもチェストにも、ベッドにも同じものを生み出し、与えてる。
品質、という目には見えないかもしれない「信頼」っていう、一番得ることが難しく、けれど一番、顧客をつかむものを生み出す部署なんだ、と。
「だから、毎日整理整頓はしてます」
「……」
「……」
「……」
「ぁ、の」
なんだろうな。
「あ、いや、好かれてないだろうなって思ってたから」
「…………なんでですか? そんなことないっすよ」
なんだか、嬉しかったんだ。
「あぁ、そうみたいだ」
「……」
「そんなこと覚えててもらえて、よかった」
枝島には特に嫌われてそうだなと思っていたから、そうじゃなかったと分かっただけで。
「……っす」
きっと大変なんだろうなと、気持ちが重くて仕方なかった胸の辺りで、ふわり、じわりと、何か、嬉しくて、ちょっと温かく、柔らかいものが躍ったような気がした。
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