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第9話 っすか?

 忘年会と納涼会、年に二回ほど飲み会があるらしい。  品質保証課のみで。  三人で。  でも、まぁ、わからなくはない、かな。生産部の雰囲気を考えると。狼の群れに子羊が三匹ちょこんと座ってるような、そんな図式が思いついたから。  でも品証部はチームとしてはとてもよくまとまってはいる気がする。 「えーそれでは!」  いや、課長はもう少し頑張ったほうが、いいかもしれないけれど。 「本日もお疲れ様でしたっ!」  こっちの課長がこんなに生き生きとしてるところ、初めて見た、なんて思ったりもしたりして。  オンラインミーティングの時ははなぜか顔が強ばってる。本社の品質部は保証課、管理課と合わせたら三十四人いる。十倍以上だ。強張るのも無理ない。  そして昨日、一昨日の二日間はずっとニコニコ顔。本社から手直し係として自分と同じ役職の人間が送り込まれてくるんだから、愛想笑いしてないとって思うよな。 「いやぁお疲れ様です」  こういう席が好きな人なんだろう。今は本当に楽しそうにしてる。 「えー、本日、定時上がりを推奨してもらっている水曜日の開催となりました。いやいや、枝島君、大口案件のための品質検査、ご苦労様でした」 「…………っす」  枝島は相変わらずの無口だな。むしろ来ないかもと思ったし。  なんだか、昨日の朝から少し様子が変だから。 「それでは! 今週よりこちらに来ていただいている本社! 品質保証課、課長の! 久喜さん!」 「……本日もお疲れ様でした。それでは、三週間という短い間ですが、今後一緒に仕事をしていく仲間として、宜しくお願いします」  ほら。 「…………っす」  まただ。何か言いたそうにじっとこっちを見つめて。でも目が合うと、ふいっと視線が下を向く。  なんだろうな。  何がきっかけなのか、いつからなのかわからないけれど何か態度が変になった。 「メニュー取ってもらっていいか?」 「! ……っす」  やっぱり。  目はやたらと合うし、視線はすごく感じるけれど、そっちへ向くと大急ぎでそっぽを向く。何かしたか? 突然すぎて、けれど何も原因になりそうなものがわからなくて戸惑う。  若いから、ただなんとなく、気分的なものなのかもな。 「いい雰囲気のお店ですね」 「ありがとうございます。外部の、うちの工場と懇意にさせてもらってるデザイナーさんが紹介してくれて。あ! ここ、このお店の椅子もうちが製造したんですよ!」 「へぇ」  それはけっこうすごいことじゃないか?  それなりの人脈もあるんだな。  すっきりとした内装で、店員の対応も心地よかった。あと、飯が美味しくて。二日続けてコンビニで済ませていたからか、上品な味付けがとても美味く感じられる。 「紹介してもらってからずっとここで品証部は飲み会してるんです」 「そうなんですね。三人、少ないですよね。三人、だと、これから大変かもしれないですね」 「そうですねぇ」 「お任せする物量、かなり増えると思いますし。今後、宜しくお願いします」 「いやいや、そんな。頼りない品証でしょう? 本社からしてみるとうちの工場なんて、本当、ほったて小屋でしょうし」 「いえ、そんなことはないですよ」  ありますけど。ものすごく、胸の内ではその名称で呼ばせてもらってますけど。 「多分、レベルの差に驚かれたことと思います」 「いえ、そんなことは……」  ありますけど。レベル、うちが高いわけじゃない。うちよりも高度且つ高い水準での品質を保証しているメーカーだってある。うちは規模を年々大きくしていっているけれど、問題点、改善点は、もちろんある。大きくすればするほど、品質の目を光らせるのは困難になってくる。 「いやぁ、同じ課長とは思えないくらい、お若くて、しっかりしていらっしゃるし」 「そんなことは……」  あります。  そう胸の内では全く別のことを考えつつ、ボロの出ないよう、「社交辞令」を貫くように心がけながら、酔っ払い課長と話してた。 「久喜課長、飲み物、何、追加……」 「あ、ありがとな。じゃあ、ハイボールで」 「っす」  枝島はぺこりと頭を下げてそれを頼もうとして、けど、無口な彼のことを気遣ったんだろう、斉藤さんが大きな声でて人を呼んで代わりに頼んでくれた。こっちの課長の分を伺わなかったのは、グラスに半分ほどまだ入っているためと、それからすでにフラフラしていて、酔っ払いだったから。  明日も仕事なのに大丈夫ですか? と声をかけてあげると、大丈夫大丈夫と呂律も怪しい口調で呟きながら、ふらりと立ち上がった。そんな課長にくっついていくように、斎藤さんは、「すみません」と小さな声で謝りつつ、大急ぎでスマホを取り出した。子どもがいると言っていたし、小学生で、学校があるんだ。こういう酒の席に出るのも大変なんだろう。うちの、本社の品証部にも女性はいるけれど、やっぱり大変そうにしている。 「枝島は酒、強いのか?」  半個室に二人っきりで取り残されてしまった。 「ど、だろ……あんま、飲みに行ったり、しないんで」 「へぇ、そうなんだ。でも、強そうだ。顔色変わらないし」 「そ、っすか?」 「同年代と飲みに行ったりとかは? 大学の友達とか、地元の、とか」 「まぁ、あります、けど……」 「うちの品証部にも枝島くらいのいるけど、こんなには落ち着いてないなぁ」 「っす」  まず、酒が入ると、いつも以上によくしゃべる。地方の人間は酒飲みが多い感じがする。酒飲みで、外で飲むのが日常的っていうか。まぁ、うちの本社だけに限るかもしれないけどな、そんな他愛もない話をすると小さくまた返事をする。 「そのうち、本社に研修で来るかもな」 「……」 「田舎の飲んべぇはすごいぞ」 「……久喜課長は、訛ってないんすね……」 「え?」 「あ、いや、訛ってないなって……ずっと思ってて、みんな、方言」 「あぁ……」  そっかって、小さく呟いて、届いたばかりのハイボールをグッと飲んだ。 「っ」  これ、少し、酒強めじゃないか? さっきまで飲んでたのと酒の配分間違えてる気がする。飲んだ瞬間、酒が通り過ぎた喉奥が熱くなった。 「俺、もともとはこっち生まれだから」 「そう……なんすか」 「そう、就職の時に向こうに行ったんだ。だから生まれも育ちもこっち」 「……」 「で、たまたま見つけた求人の拠点が向こうだったってだけで。特に地元にこだわってたわけじゃないから」 「……」 「環境変わるのも楽しいかなって」 「……あのっ」 「? 枝島?」 「変なこと聞いてもいいっすか?」 「? あぁ、どうぞ。なんでも」  トイレ?  全然、俺は一人になっても大丈夫だぞ? 荷物なら見ておくから。  それより斎藤さん、電話をしに出たっきり戻ってこないけど。というか、トイレに席を立った課長こそ戻ってきてないの大丈夫か?  あ、むしろ、その課長の様子を見に?  えらいな。というか、そしたら俺も行った方がいいか?  担がないといけなかったら大変だろうから。  なんて思ったんだ。 「あのっ!」  もしも課長が潰れてるならここでお開きにするか。  明日が休みならまだしも、明日普通に仕事だから。  少し酔いをさましに何かお茶を頼もうか。 「はちさん、すか?」  そしたら、とまたメニューをもらおうと手を伸ばして。 「はち、さん……すか?」  その名前にぴたりとフリーズした。 「…………え?」  はち、って、今。一瞬、喉奥が、かぁって、燃えたように熱くなったのは、濃すぎたハイボールのせいじゃない。  ほら、唾をゴクリと飲み下した音が。 「今、なんて?」  言った?  そして、その瞬間、いまさっき一口飲んだハイボールのアルコールが今頃になって、喉奥と腹の辺りで、かぁ、と熱を迸らせた。 「はちさん、っすか?」  気がした。

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