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第11話 人生初が止まらない
SNSなんて登録者数どのくらいなんだ?
とりあえず膨大、っていうのはわかる。
じゃあ、その中で俺のアカウント、はち、をフォローしてる人の割合は?
その中からリアルの知り合いがネットの中で遭遇する確率は? またその中でも、本来なら遭遇することのないほど距離が離れていたはずなのに、出張で偶然、その距離が縮まる確率は? その中でも、同じ部署にいる確率は?
いくらゲイコミュニティがノンケ界隈よりも狭いとしても、だ。
はち、が俺だと枝島に知られる確率はどのくらいだ?
天文学的数字になるだろ。
だから、大丈夫だ。
きっと誰それ? って突っぱねれば、誤魔化せる……はず。
はず、だったんだけど。
顔は出してないんだから。そのはちって人と同じタイミングで出張に行っていただけの頃だろうって。
手のほくろは、へぇそんなすごい偶然もあるものなんだな。たまたま同じところにあったんじゃないのかって。
枝島にしても、あの垢をフォローしてるって時点で、色々後ろめたいはずだし。
違うの一点張りでいれば、それ以上は何も言ってこないだろう。
なのに、自分は童貞なんて繁華街の道端で言い出すから。
いつもほとんど喋らないくせに、童貞って単語を連呼なんてするから。
動揺したんだ。
何人か酔っ払いがそれ聞いて笑ってたし。
黙ってたらイケメン、あ、いや、無口だから通常仕様で常に黙ってるのか。枝島は。
とにかく、ただ歩いてるだけだったら、身長も高くて、前髪長いからわかりにくいけど、ちゃんと見れば顔だって整ってて、「イケメン」なはずなのに、「俺は童貞です」と叫ぶから。
大慌てでその場を離れた。
障子に耳あり、壁に目あり、だ。
俺がはちだと枝島にバレたのなら、あの場に知り合いだっていたりするかもしれない。実際、達也には遭遇したんだし。
だから急いでその場を離れたんだ。枝島の手を取って、ほら帰るぞって。
そしたら、今度は枝島が俺のその手を掴み返して逆走しだした。
駅のある方じゃなく。
――おい! 枝島! どこ行くんだ! おいっ!
――ラブホ、っす。男同士でも使えるラブホ。
――は、はぁ?
ラブホ、だった。
一時間前には想像もしなかったよ。枝島にラブホ連れて行かれるなんて。
握力すげぇし。
耐久テストをされてる椅子の気持ちにが少しわかったくらい。
ずっと、強く握り締められてて、解けそうにもなかったし。
そのまま連れ込まれて、適当に部屋取って、入って。
適当に訳わかんないまま取った部屋はちょっと割高な部屋だったし。
へぇ、ラブホなんて初めて来た。
まぁ、完全セフレ、しかも同性、なんてラブホ連れて行かないか。
あいつとするのは決まって寮の部屋だったな。
寮の壁は薄いから声聞こえないように我慢するのが大変だったっけ。
初めてヤったきっかけがお隣から漏れ聞こえた喘ぎ声だったくらいだし。
ラブホテルを男同士で使えるなんて知らなかった。達也としてたのを切って以降はもう誰ともしてないから、一生来ることはない場所だと思ってた。
なんかもっとこう……場末な感じというか。「いたすための部屋」っていう感じなのかと思ったけど。そんなことないんだな。結構普通の部屋だ。
「これ」
なんて呑気に人生初ラブホ体験をしている場合じゃないだろ。
「はちさん、です」
今、人生初のラブホで、人生初の「身バレ」を経験して最中だった。
「そうっすよね」
「!」
ほら、あれ、印籠を見せびらかす、大昔の定番時代劇。
今ってやってはいないけど、俺が子どもの頃は毎週やっていて、毎週同じ展開、同じシーンがあった。毎回同じ展開なのに、祖母はそれを毎週楽しみにしていたのが、子どもながらに不思議だった。毎回同じ結末で面白いのか? って。
そのドラマみたいに、枝島が印籠代わりにスマホの画面を見せつける。
そのスマホの画面には俺。
昨日の朝、撮った寝ぼけた俺の写真を、俺のスマホではなく、枝島のスマホの画面から見る不思議。ちょっと、枝島のスマホだと写真の色味が濃く見えるんだな、なんて思いながら。
「そうだよ」
また、今度はしっかりと認めてしまった。この写真の人物は自分ですと。これ、認めるってやばいことだぞ、と思うけどさ。
頷いたら、枝島がパッと表情を明るくさせるんだ。
ほら、なんで、そんな嬉しそうな顔するかな。
「あのっ」
あんなに寡黙だった口がさっきからよく動く。
「はちさん、なら」
「……」
そんだけテンション高いのかなと。
「俺の童貞」
童貞なんて道端で叫ぶキャラだとは思わなかったぞ。クールキャラだと思ってたし。
「もらって」
それに童貞にはあんまり見えないし。
「くれませんか?」
女性人気ありそうに思ってた。無口なのはそうなんだけど、顔面の作りはとてもいいから、もうそれだけで充分彼女になりたい女性は出てくるだろうと思う。
仕事ぶりは真面目だし。話しかければちゃんと答えるし。むしろペラペラよく喋る男よりも恋人を大事にして、話を丁寧に聞きそうなタイプだし。あの頼りない課長に呆れることなく、毎日仕事を頑張るし、そんな課長にも優しいから、けっこうモテるんじゃないかなと思うんだ。
「…………えっ?」
ごめん。考え事をしていて、今、あんまりちゃんと聞いてなかった。
なんて?
「だから、俺の童貞もらってくれませんか?」
そして、突然、よく動くようになった枝島の口から出た言葉に、俺は。
「……………………、はぁぁ?」
目玉、飛び出るかと思った。
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