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第12話 最善の選択、肢?

 ――人生には、もうこれはダメだ、と思える、転機になるようなインシデントが三度やってくるんです。  その三度を乗り越えられる、最善を選べる術を見つける。その手伝いの一つに、この夏季特短講習がなればと思っています……って、言ってなかったっけ?  小論の先生。  今、特に、こんな時にその最善を選べる術が見つからないんだけど?  すみませんけど、これっぽっちも術が見当たらないんだけど?  小論の。 「おま、何、言って」  先生。 「俺の童貞もらってくださいって言ったんす」 「いや、そういうことじゃなくて、だな」  もうそれ言われたの、本日三回目だぞ。いや、四回目? か?  そもそも、童貞って、もらうものなのか?  そんなバージンがどうのみたいな、そういうもんなのか? 「はちさん、童貞がいいって、言ってた」  言ってた。たしかに。 「童貞とするのが好きって」  言い寄ってくるフォロワーに童貞がタイプって、一番楽しくて、好きなんだって言ってた。そうすると大概の奴は対象外にできるから。本当に童貞ですって奴からもたまに誘われたけど、そういう場合は個別で交わせるメッセージのところからだから、断りやすかったし。  だから、そう言ってたけど。  でも、だな。 「まず、俺とお前は、だな。職場の」  そう。  そうだ。  論理的に考えて、同じ職場の人間と、肉体関係はまずいだろ? 明日からどうするんだ? 隣の席で、同じ部署で。三週間後には何万キロも離れるけど、でも、月に数回あるオンラインでのミーティングは? 画面越しだろうと、今後、付き合っていくんだから。 「だから、まずいだろ」  それに、何より。  大問題があるんだよ。  俺こそほぼ初心者なんだ。  枝島が思ってるほど、手慣れてないんだ。 「そういうことを、したら」  セックス。 「けどっ」  したのなんて、何年前だって話で。大学の、しかも、短い期間だけで、相手もあいつ一人だけ。それ以降は誰ともしてない。  けど、枝島が知ってる「はち」は経験人数多数で、経験値ものすごいことになってるだろ? 童貞が好みなんだよね、なんて言っちゃうような。  違うから。全然。  もう、百歩譲って、俺が「はち」っていうのはいいよ。よくないけど、もう知られたのは仕方ないし。  けど、これはさすがに。  あんなふうに遊んでそうなフリしておいて、実は経験人数たったの一人、経験値ほぼゼロ、なんて。 「それに、お前、初めてなんだろ? そんなの大事に、ちゃんとした相手と」  絶対に知られるわけ――。 「ずっと、貴方としてみたいって、やれたらいいのにって思ってた」 「! やれ、って、おま、言葉っ」  目力が印象的って思ってた。 「ずっと……」  その目で見つめられると、どきりとした。 「俺、恋愛って興味なくて。周りが彼女欲しいとかそういうの言ってても、全然で。モテたいとかも思ったことなくて。頭おかしーのか、とか思った」 「……」 「学生の時は勉強と部活して。なんか他にやりたいことがあるわけじゃなくて」 「……」 「毎日なんとなくっていうか」 「……」 「けど、はちさん、見つけて」 「!」 「すげぇ、こんな綺麗な人いるんだって驚いた」 「……」 「そっから、すげぇ、はちさんの写真とか見まくった」 「……」 「こんなにハマったの初めてだった」  その目で、見つめられると、どきりとするんだ。 「って、気持ち悪いっすね。ほぼ、ストーカー……」  モテる、と……思う。  枝島は。  顔、カッコいいし。  背も高いし。  寡黙で、無表情だから確かに近寄りがたいけど、ヘラヘラ、ペラペラよく喋る奴よりもずっと信頼できる感じがするし。話したら、ちゃんと受け答えするだろ? 優しいし、真面目だし。ただ、口下手ってだけで。きっとそれだけで、枝島が話しかけたら、女の子は普通に舞い上がると、思う。 「すんません」  モテる、よ。 「はち、」  俺なんかには、勿体無い。 「……さん」  お前が思ってるほど、そんな素敵な奴じゃない。  だから、初めての相手が俺じゃもったいないだろ。 「キスも、初めて、なんだろ?」  唇ってどんなだっけ。  柔らかいんだっけ。  もう何年も前すぎて忘れた。 「俺じゃ、ないほうが」  そっと触れて、離れて。  なんか、どうやるんだっけって思いながら、その唇をそっと手の甲で拭った。触れたところがやたらと熱くなったから、思わず手の甲で拭ったんだ。 「はちさんがいいっす」  その手を枝島の手が鷲掴みに掴んで、けっこう力強いその指先が痛いくらいで、熱くて、必死そうで。 「あっ……」 「やばい……」  嬉しいって思った。  キツく抱き締められながら、そう思った。 「ン、待っ、仕事で、汗」  枝島の唇が首筋にキスをすると、抱き締められた腕の中でびくんと飛び上がった。  そんなところに柔らかい感触が触れたのなんて、久しぶりすぎて、快感よりもくすぐったくて。 「あ、ン」  昨日も、嬉しかった。  俺が前にミーティングで話したことを律儀に覚えていてくれたことも。朝、一緒に掃除をしながら、静かに、ぽつりぽつりって小雨が降るみたいに続く会話も、嫌われてるって、好かれてないって思ったって話した時、そんなことないって言ってくれたのも。 「そう、がっつくなって」 「っ」  嬉しかったんだ。 「逃げたり、しないから」  話しをするのがけっこう、嬉しくて、さ。 「……枝島」  楽しかったんだ。

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