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第13話 ちゃんとしよう。

 セックスって、どうやるんだっけ。 「……ン」  もうずっと、してないから。  ラブホテルの備え付けのローションを指に纏わせて、探り探り、自分の中を広げていく。大学の頃を思い出して、忘れたくてタンスの奥底にしまい込んだ「行為」を引っ張り出していく。  達也とした、戯れ、でしかなかった行為のことを思い出しながら。指で、前立腺のとこを。 「っ、あっ」  本当は、若干、あいつとのこと、トラウマ、みたいになってる。  だってそうだろ。こっちは恋人だと思ってた相手から、「え? 男同士じゃん」って少し引いた顔されたんだ。あんなにやったのに、あれ全部、ただの性欲解消のためだったんだから。アホ、みたいじゃん。一人で盛り上がって、一人でのぼせて、一人だけ恋、だって。  バカみたいじゃん。俺。 「は、ぁっ」  なのに今、あの時、どうやってたかを思い出してる。腹立つ。「あれ」しか知らないから、それを頼りに準備するしかなくて、ムカつく。 「んんんっ」  自分の指、一本だけの挿入にすら身悶えながら、戸惑いの混じる甘ったるい自分の声をシャワーの音に紛れさせた。  こんな声、出すんだな、俺って。いつも、あいつとする時は、寮だったから。隣に聞こえないようにって必死に声を押さえてさ。  こんな甘ったるい声。 「はぁっ」  ここから指、あと二本は挿るように、ここ、解して、柔らかくしないと。けど、もう何年も使ってない、から。 「っ、んっ、あっ!」  のぼせそうだ。 「はち、さん」 「ぅ、わぁぁぁぁぁぁぁっ、おま、びっくりするだろ。声かけろって」 「だから、今、かけた、っす」  そうだけど。今、確かに声かけられたけど、心臓が口から飛び出るかと思っただろうが。もっとこう、入りますよっていう気配を扉を開ける音とか、服を脱ぐ音とかで事前に知らせるっていうか、匂わせるっていうか。 「かけたけど、シャワーの音で聞こえてないみたい、だったから」 「っ」  だって、こっちは必死、なんだよ。久しぶりなんから。準備なんてもう何年もしてないし。溜まるものは溜まるから、その時は自慰、してたけど、出すだけで、その、アナニーなんてしてない、し。 「っ……待て、ないの、かよ」  振り返ると全裸の枝島がそこに立っていて、そこも勃……。 「待てない」 「!」  全裸の枝島はそのまま俺の目の前までやってくると、壁と自分の裸体で俺を挟んだ。シャワールームのタイルに腕を置いて、自分がびしょ濡れになるのも構わず、じっと俺だけを。 「もう、こんな?」  物欲しそうに、じっと見つめてくる。 「っす」 「……ガチガチ」 「っ」  そっと握ると枝島が表情を歪ませる。ぎゅっと眉間に皺を寄せて、寡黙な唇に力をこめて。  俺の手の動きに合わせて、何度も、歯を食いしばって。 「……枝島」  名前を呼ぶと、唾を飲み込んだ。まるで、すごく腹が減っている時に目の前にご馳走でも出されたみたいに。 「はち、さん」 「……っ」  枝島がそんな顔するなんて。 「ンンっ」  あの枝島が、俺が欲しいって顔、するなんて。 「っ」  身体の芯がとろりと蕩けた気がした。 「一回、抜くか?」 「っ」 「これ」  枝島は喉奥で言葉がつかえたみたいに、ゴクリと大きな音を立てて唾を飲み込んだ。 「んっ」  そして、その喉奥に欲情をつかえさせてる唇で俺に噛み付くようにキスをして、舌を、絡ませる。 「ンン」  貪るみたいに口の中を枝島の舌が掻き混ぜて。クラクラする激しいキスにどうにか、必死に応えながら、手の中でもっと硬くなったそれを何度か扱いた。  ヤバ。  こんな、だっけ?  人のって。  手の中で暴れてる。 「っ、はち、さんっ」 「あっ……ン」  それを宥めるように掌で撫でてあげると、枝島が苦悶の表情でまた唾を飲み込んで、それから、また深くて激しいキスを。 「ん……あっ……ん」  舌を絡ませて、溢れそうになる唾液で唇濡らして。 「は、ぁっ」  息継ぎって、どうするん、だっけ。 「あっ……ン」  首筋にキスをされると、背中がビリビリして、驚く。  愛撫って、こんなだっけ?  俺の性感帯なんだっけ?  前戯して、あと、フェラもするだろ? ここで? けどまだ解すの、できてない。指一本くらいしか、まだ。時間かかりすぎるの変だろうし。 「は、ぁ」  もう忘れたセックスの仕方を、惨めな気持ちと一緒にしまったセックスを引っ張り出して、思い出しながら、なんて。たった一人としかしたことのない経験を参考にして。 「はち、さん?」  ――はち、で、いーじゃん。可愛いし。  あいつがつけた名前だった。 「あのっ」  ダサ。 「はちさん?」  ダッサ……。 「! すんませんっ、あの」 「ごめん……」 「……」  そっと、キス一つですら必死になってる自分のダサい唇に手の甲を押し付けた。声、が、震えるから。どうにかしてそれを堪えようと。 「俺、お前が思ってるようなのじゃないよ」 「……ぇ」 「枝島は、ちゃんとしな」  もう、頭の中、ぐちゃぐちゃだ。  ぐっちゃぐちゃすぎて、なんかもう頭の中が整理つかない。枝島が同じ職場の部下だってことも、三週間だけの出張ってことも、枝島と今、裸でシャワールームでいることも。  キス一つに狼狽えて、必死になってることも。  上手なキスの仕方も。  俺にはわかんない。  実際、あいつと交わしたキスが上手だったのかどうかも知らない。他を知らないんだから比べようもないし。セックスってあの順番でするのが普通なのかもわかんない。だって、あいつしか知らないし。 「それって、どういう」 「そのままの意味だ。ちゃんとしな」 「だから、それって」 「お前が思ってる、はち、じゃないって意味だよ」 「……ぇ?」 「さっきの、達也」  もう、知らないし、わからない。 「越谷さん、っすか?」 「あいつ、俺と同じ大学」 「……ぇ」 「付き合ってた」  そう思ってた。けど、笑えることに、あいつはそう思ってなくて。男同士で恋愛なんてありえないじゃんって言われて、俺はそこで失恋。もうそっからは恋愛の仕方とかわかんなくなった。けど、悔しいから、はちって名前でアカウント作って、自撮り写真あげてモテるフリして。  あれと一緒。  素敵な手作りランチの写真あげて素敵な日常送ってますって、ネット上ではフリをしながら、リアルはゴミ屋敷、みたいな。切り取って一箇所だけを素敵に見せて自己満足。作り上げた「はち」でいい気持ちになって、自尊心保ってただけ。本当は、セックスなんてもう何年もしてないただのつまらない奴。 「お前、モテると思うよ? だから、俺にはもったいないよ。ちゃんとしなって意味」  頭の中がぐちゃぐちゃすぎて、もう、わけわからないと放り投げるように自分のことを全部暴露した。 「酔いも冷めただろ」  そう言いながら、もうバスルームから出てしまおうと枝島の横を通り過ぎて、そこで気がついた。  指、自分の、冷た。  さっきまでのぼせそうだった指先が氷水に浸してたみたいに冷えてる。  風邪、引きそう。  けど、引かないか。  バカだから。  そう苦笑いを浮かべながらバスローブを取ろうと手を――。 「俺のこと、モテると思うんすか?」 「……は?」  手を伸ばしたら、その手を枝島の手が掴んだ。 「モテ、ますか? 俺」 「……だから、今、そう」 「じゃあ、貴方の相手、合格すか?」 「は? 何、言って」 「童貞、あげるんで」 「……」  枝島の手は温かくて、氷水に浸したように冷たくなった俺の指先は握り締められると、たまらなく気持ち良くて。 「貴方の久しぶりの相手役、にしてください」 「……」 「俺の童貞と、貴方の相手役、交換こ、してください」  振り解くことはできそうになかった。

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