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第21話 グッバイ台風
「俺の第一印象ってどんなん?」
「……」
お。
ものすごく驚いた顔をされた。
枝島はでっかい一口で頬張ったチャーハンを口に溜め込んだまま、普段涼しげな目元をパチクリとさせた。
「ぇ……」
フリーズしてる。
今度は戸惑った顔。そこに店員がレモンチューハイを持ってきて、枝島の手前に置いた。
金曜日の夜だからな。さすがに混雑していて、店員が忙しそうに走り回っている。
仕事終わり、金曜の夕方、工場内がなんとなくそわそわと楽しそうにしていた。おしゃべりをする製造スタッフたちもダルそうな感じじゃなく、どこかワクワクしてそうに口元が緩んでいて。
ところが台風の急接近でワクワク顔ではいられなくなった。前の、本社に吸収合併される前なら、そんなことなかったのかもしれない。けど、今は本社があって、大企業の末端で。台風の影響で従業員の帰宅困難が予測されるため、定時上がりが必須となった。電車が動いているうちに帰らせなさいと通達があったんだ。そこから皆、大急ぎで仕事をできる限りで終わらせて。
ところが台風はまたもや急転回、ブレーキかけまくって、ドリフトでもするように横へと外れて大海へとその進路を向けて行ってしまった。
いや、台風も遠慮したのかもしれない。
たかが三十男に飲みにいくかと言われて、とても嬉しそうにする男を見て。
「オンラインでミーティングした時とか」
「あ……」
寡黙なのは口だけで、表情はその逆に饒舌だなって知った。
飲みに行くか? と尋ねたら、無言で、コクンと頷いただけだったけれど、その表情は「やった! 行く!」なんて返事を百回くらい叫んでそうな顔してたから。
じゃあ、仕事終わったら、この時間に駅に集合。俺は車で来てるから一旦、その車を置いて、それから駅に行く。そんな感じで。そう休憩所で予定を決めて話してる間、まるで遊びたいと尻尾を振ってるワンコに「おあずけ」をさせてるような気分になった。
お散歩は後でね、そう言ってるような気がして、それはそれでおかしくて、笑うの我慢しながら会議室に戻った。
あの時は工場長との打ち合わせの最中で、その工場長に、どうかしましたか? なんて訊かれたし。きっとまだ口元に笑ってしまいそうなくすぐったさが残ってたんだろうな。
「えと……オンラインミーティング……の時は」
「うん」
オンラインミーティングの時の枝島は終始俯きがちで、粗い画像じゃどんな顔をしているのかよくわからなかった。設備的な問題、つまりはオンラインミーティングに使えるパソコン環境が整ってないからと言われていたけれど、多分問題だったのは部屋の様子のほうだったんだろう。お世辞にも綺麗とはいけないから、それを本社に見られないように、一番まともな白い壁のある場所で、パソコン一台で参加していたんだろう。そんなだから顔だけじゃなく、もちろん表情も何を考えてるのか読み取れなかった。けど、本社はそれぞれのパソコンから参加していたから、一画面に一人ずつ、顔が表情もよく見えたはず。
「キレイな人だなと……」
「ぶっ!ゲホッ」
「大丈夫すか?」
「いや、大丈夫じゃない」
「?」
キレイなって、そんなわけないだろ。もう三十の男相手に、何言って。
「あと、声がすげぇよく聞こえて……」
声?
「他の人は、なんかあんま聞こえにくかったり、声がこもって聞こえたりして。けど、すげぇクリアに聞こえたから、頭良さそうだなぁって、思いました」
そんなこと思われてたのか。
「話し方も落ち着いてて、言ってることがなんかすごいなって。頭いーんだろうなって」
へぇ。落ち着いてそうだったのか。
「仕事、できるんだろうなぁって」
「……」
「あ、そんで、その声が、優しそうだなぁって」
枝島の声は低くて、耳元で囁かれると腰にクる。なんというか、ビリビリって電気が腰の辺りに走る感じ。
「そんな人がはちさんってわかった時」
もしかしたら。
「めちゃくちゃ興奮した……っす」
寡黙、でもないのかもしれない。
「な……に、言って」
俺のことを話す枝島はやたらと饒舌で、その表情はくるくる変わることはなく、ただ真っ直ぐに俺だけを見つめていて。
今度は表情の方が静かに淡々と、ただ。
「……ごちそうさまでした」
ただ、物欲しそうに俺を見つめていて、俺は「あぁ」と返事をしながら、急に喉元が熱くなったから、ウーロンハイを一気に喉元へと流し込んだ。
店を出る頃には台風はもうその気配すらすっかりなくなっていた。店に入る時はまだ結構荒れた天気で、雨がかなり降っていたけれど。その傘の存在を忘れそうになるくらい、繁華街で星空は見えないけれど、雲一つない夜空が頭上にあった。
「うーん、空いてなさそうだなぁ」
「……っす」
まぁ、台風が来るって不要な外出は控えてくださいとは言っても、金曜の夜だからな。ラブホテルはどこも満室。それでなくても男女と違って、同性、女性同士ならOKでも、男同士だとNGってところもあるらしく、金曜の夜にラブホテルの界隈を歩き回るわけにもいかない俺たちは、スマホと睨めっこをしていた。
この間、入ったところは今日はもうすでに満室で無理。
だから、スマホでお互いにラブホテルを。
「金曜だしなぁ」
ラブホテルの空きを探してるって、なんか、それはそれで、すごいことだな。「する」ってことだもんな。
「あ、ここも空きなしだ」
直接、足使って探せばどこかしら入れるのかもしれない。男同士OKとわざわざ記載していないだけで、入ろうと思えば入れるのかもしれないけど、ラブホテルを歩いて探すってことは、セックスする場所を探し回ってるってことで。
「俺が泊まってるホテル、ビジホだしなぁ。そもそも仕事で使ってるわけだから、何かあったら」
「うち、来ます」
「やばいだろうし…………え?」
今度は口下手な枝島がポツリと呟いた。ついさっき、居酒屋で飲んでる時は、饒舌に俺の第一印象を語ってくれた口が、ぎゅっと真一文字になって、それから、小さくぎこちなく言葉を溢す。
「うち、俺の部屋、っすけど」
「……」
「酒、足りなかったら買って、飲んで、けるんで」
すごいこと、だよな。
「うち、ど……すか」
セックスする場所を探してるのも、それを部下に誘われるのも。
「あ、あぁ」
それに頷いちゃう上司もさ。
なんか、すごいな。
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