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第25話 見つめるには近すぎる

 まだ言うかって感じだけどさ。  部下である枝島の部屋に泊まる不思議について考えながら、作りたての手製枕をポンって叩いた時だった。 「……は? 何、してんすか」  先に風呂を使わせてもらっていた俺は、風呂上がりの枝島が思わず呟いた、上司に話しかけてるとは思えない口調に、少し笑えてしまった。  枕の中身は自分の着ていた服、のみ。 「んー? だって、布団なんてないだろ?」 「いや……」  今はセックスの最中じゃないから、途端に通常仕様の寡黙になった口をあんぐり開けている。 「あの、何して」  だから、枕を作ったんだろう?  これが冬だったらコートがあるから簡単なんだけど、夏で厚手の衣類がないから、ちょっと薄いけど。まぁ眠れないことはないから。  人を招いたことがないと言っていた枝島の部屋に客用の布団一式なんてあるわけがない。まぁ、別に床でゴロ寝は気にしないけど、なんとなく枕くらいはあったほうが。 「ちょっ、ベッドは」 「お前のベッドだろ」  今日は泊まり。一応、歩けるけど、腰が重ダルくてしょうがないから、ホテルに帰るのは断念させてもらって、枝島の世話になることにした。  どっちにしても作業服とTシャツ、それに下着も全部、今、二人分洗ってもらってる最中だし。 「貴方がベッドに」 「いいって」 「無理」  だから、その通常仕様に戻った途端寡黙になるのはなんなんだって。 「ちょ、だからイイって」  ぐいっと腕を引っ張られた拍子に、せっかく作ったばかりの洋服枕がただのくしゃくしゃになった服に戻ってしまった。 「枝島」 「こっちで寝てください。貴方を床でなんて寝かせられない。俺が床で寝るんで。今日も加減とかできてないから」  加減はたしかにできてないけど。まだちょっと足元がふわふわだけど、でも、そのくらいしたのは。  そのくらいして欲しかったのは、俺、でもあった、だろ? 「じゃあ、一緒にベッドで寝よう」  俺なりの妥協案。  部屋の主人を床にごろ寝させるのは気が引けるし、お前もお前で頑固なところがあるみたいだから引かなそうだし。だからこれで譲り合いにしてやろうって譲歩したのに。 「……」  枝島が通常仕様に戻った寡黙な口を、黙ってても丸わかりなくらい不服そうにへの字に曲げるから。思わず、笑ってしまった。 「……狭く、ないっすか?」 「んーまぁ、大丈夫」  とは言っても、大の大人が二人。シングルベッドで寝転がるのはやっぱり少し窮屈で。壁際にいる俺はまるで壁と同化したいみたいに、その壁側を向いてピッタリとくっついていた。  微妙な距離。  微妙な関係。  微妙というか曖昧というか。 「シーツすんません。うち、替えないんで」 「いや」  汚したの、俺だろって、小さく呟いた声が真っ暗な部屋、何にもないシンプルな部屋ではやたらと大きく響く。まるで、何にもない空間に、コロンと言葉が形を持って転がっていくような感じ。 「っぷ」 「…………どうかしたっすか?」 「あ、いや、ビジネスホテル取ってもらってるのにあんまり寝てないなって」 「……」  約三週間、同じ部屋をおさえてもらっているけれど、水曜も今日、金曜もそのベッドで寝ていない。ベッドメイクの人は不思議だろう。どんな人がどんな理由でここを取ってるのだろうと首を傾げてるかもしれない。 「あの」  背中が触れ合っている。笑って身じろいだせいでくすぐったかったか? と、もう少し壁へくっつくべきかなって。 「こっち」 「!」 「もっと、こっち来ていいっすよ」  引き寄せられて、枝島の体温が背中に触れる  包み込まれるように寄り添われて、心臓がトクンと小さく音を立てた。 「……お前の平熱何度?」 「? なんすか? 急に」 「いや、あったかいなって」 「……」  なんだろうな。急に平熱のことなんて。でも、何か話さないと鼓動がうるさくなったのが聞こえそうで。 「……貴方の方が体温高い」 「俺?」 「っす」  そうか? 「やってる時も、すげぇ、中熱い」 「……」 「あったかくて、気持ちいい」  そう囁く声は少し刺激的に聞こえた。密着した身体、さっきまで自分の奥を熱くしていた体温に外側から包み込まれる感じ。 「っ、そ、そうだっ、下着ありがとうな。わざわざ買ってきてもらって」 「っす」 「別によかったのに」 「ノーパンがよかったすか?」 「おまっ、ノーパ、」 「俺のために買ってきただけなんで。あ、いや。はちさんのため、なのか」 「?」 「なんも履いてないとか想像したら、またやりたくなる」  囁かれて、わざとじゃないんだろうヒソヒソ声に、勝手に身体が反応しそうになる。何にもない空間にコロンって転がったような言葉が自分の頭の中に残像みたいに残っていく。 「…………な、なぁ枝島」 「?」 「当たってる」 「……」 「下着履いてても、変わらないじゃん」 「っす」  そこは素直に返事をするのがおかしくて、さっきあんなにイったくせにまだ元気になれるとか、すごいなって、笑った。 「仕方ないんで」 「仕方ないのか?」 「だって」  その腕が少し強く俺を抱き締めた。そして耳元には枝島の吐息が触れて、ボソボソと小さく囁く声は直接耳から流し込まれているように、直に鼓膜に響いた。 「抱き締めてたら、勃つでしょ」 「勃たないだろ」 「勃つ」  そんなこと断言するなよ。いくつも年上の男なんか相手にさ。 「あのっ!」 「びっくりした。耳元で急に喋るなよ」 「! すんません。けど、あの」 「?」  枝島の声は低くて、耳に気持ちいい。  この体温も、気持ちいい。  気持ちいいけれど、この距離だとそれはくすぐったくて、落ち着かない。 「明日、デート、したいっす」 「は?」 「デート」 「な、なんで」 「言ったじゃないっすか。この三週間で貴方にって」  ――貴方が本社に帰るまでに、また恋愛したいって思わせる。 「だから、デート。明日は土曜だし、仕事ないし、一緒に出かけたい」 「……いい、けど」  ――俺と。  年上の、恋愛なんてどっかに置いてきたような男とじゃ、絶対に面白くないに決まってるのに、見つめるには近すぎるこの距離じゃ俯くしかなくて。  見えてないけど、わかる。  デートに、喜んでるのが。  俺を引き寄せた枝島の腕の中が熱かったから。  体温、ちょっと上がったように感じられたから。 「なぁ、枝島」 「?」  なんだろうな。この人肌に触れる心地ってさ。 「そんで、それ、どうすんの?」 「! こ、れは、後でトイレで」 「流石に、もう、できないけど」  こんなに心地いいんだな。心地いいくせに落ち着かないなんて。  知らなかった。 「手で、ほら」 「っ!」 「ここ、好きだろ?」 「っ」  ついさっきまで俺の中で気持ち良さそうに暴れていた枝島のを両手で扱いく。先端を片手で包み込むように揉みながら、くびれのところをもう片方の手で握って上下に扱くと、枝島の呼吸が乱れて。 「っ、やば、それ、出、るっ」 「ん」  ほら、やっぱり体温高い。 「っ、はっ」  掌に放たれた熱は熱すぎて、つい、そう口が勝手に囁いた。「熱い」って。 「!」  あ、気が付かれた。 「あはは。まぁ、これだけ密着してたら、な。枝島の気持ち良さそうな顔見てたら」  勃った。 「じゃあ、俺も」 「ん、いいよ。そのうちおさまるし。キス、だけ」  微妙な関係。  微妙な距離。 「……ん」  でも、今、首を傾げるだけで唇が触れ合うほど、誰より近くに枝島がいた。

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