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第33話 三ツ星モーニングビュッフェ
朝は、強いんだ。
いや、最近強くなった、かな。
歳だったりするかもな。
すっと、アラームに起こされる前に目覚めることがあって。
そういえば、アラームが鳴る前に起きるのって、あんまり良くないんだっけ。テレビか何かでそんなことを聞いたことがある気がする。
確か。
仕事のストレスとか、が原因だったような。
「……」
でも、今、目が覚めたのはそれじゃない。
「……ん」
ベッドの中で身じろいだ枝島の気配に目が覚めたんだ。
人の、自分以外の体温をベッドの中で感じて目が覚めた。
これ、腕枕って、腕痛くなるらしいけど、大丈夫なのか?
「……」
ずいぶんスヤスヤと寝てる。
痛くないのか? 腕。痺れたり、してないか?
「……んー……」
枝島が穏やかに、でも、小さく夢の中から返事をしてくれた。
絶妙なタイミングで、絶妙にわかりにくい返事をされたことに、起こしてしまわないように微かに笑って。そっと、自分の頭を持ち上げる。起こさないようにそっと、そっと、その腕を枕の役から解放してやった。
腕枕って、される方はそんなに心地よくないって聞いていた。
そりゃそうだろうなって思ってた。ゴツゴツしていて、それよりも快眠のための枕の方がずっと心地良いに決まってるって。
でも、違った。
心地良かった。
そして、腕の届かないところまでベッドの中で身体をずらす。片腕分離れてしまうと、とても寂しく感じられた。
だから、今度は腕を伸ばして、その穏やかな寝息に触れるギリギリまで指先を近づける。
よく寝てる。
俺も学生の時はいくらでも寝られたっけ。でも、その分、夜遅くまでダラダラと起きていたせいもあるのかもけれど。なんであんなに無駄に夜起きてるんだろうな。今となっては早く寝たいくらいなのに。
夜遅くまで起きて、昼近くまで寝てた。なんてことも多々あった。
枝島も、まだ若いから。
六つも年下だから。
「治史さん?」
「? ごめ、起こし……」
「そっちじゃなくて、こっち」
「!」
口元に伸ばした指先をぎゅっと握られ、そのまま枝島が俺のところにグッと近寄ってくれる。
「こっちに、来て……ください」
そして、俺を引き寄せて、また眠りにつく。とても心地良さそうに。とても嬉しそうに。まだいくらでも眠れるんだろう枝島を見つめながら、もう二度寝は出来そうにない俺は、じっとその寝顔を堪能した。
「やっぱ、若いんだなぁ」
「?」
朝からよく食べるなぁって。
「見てるだけで腹いっぱいになる」
「すんません。もう一回言ってもらっていいっすか?」
「? 腹いっぱいになる」
「なんか、治史さんが言うとエロいっす」
「! んなっ」
「今朝、そういう夢見てたんで」
知ってるよ。
寝起きのお前に襲われたから。
――夢じゃなかった。
そう微笑んだかと思ったら、そのまま首筋にキスをされて肌を弄られて。
――ちょっ。
まだ余韻の残る身体を指でまた仕立てられて。
――昨日の治史さん、すげぇ、エロかったの、夢じゃなかった。
なんだ、それ。何言ってんだ。そう言いたかったのに。
――一回だけ。
耳元でそんなおねだりをするモンスターに襲われて、言いたかった言葉は甘ったるい、朝にはあまり似つかわしくない喘ぎに変わった。
「米、おかわりしてきます」
「は? まだ食うのか?」
「運動したんで」
ニヤリと笑って、大きな手で、長い指で茶碗だけ持つと席を立った。
「……」
米、三杯目だぞ。
腹、破裂しないか?
ちょうどそこに切り立てのローストビーフも到着して、ついでにってそれも一緒に持ち帰ってきた。
「治史さんも食います?」
「平気。もうお腹いっぱい」
「……」
「ちょ、そこでニヤニヤすんな」
「っす」
顔、熱くなった。
――もう、ここ、枝島のでいっぱい、だ。お腹のとこ、ここまで。
そんなことを熱に蕩けた舌っ足らずの口で呟いたっけって。
恥ずかしい。
「あ、治史さん」
「?」
「帰りに映画観たいっす」
「あぁ、いいよ」
「何、そんなに観たかったのか?」
やたらと笑ってる。
最初、無表情だと思ったのにな。昨日も今日もご機嫌だ。今朝なんて起きてすぐ俺を抱いてからずっと表情が緩みっぱなしで。朝、三度目のシャワーを浴びながらキスをしまくる枝島の口元はずっと嬉しそうに微笑んでいた。
「いや、そんなでも」
「はぁ? なら」
なんで観るんだよ。
「だって、そしたら今日も一緒にいられる」
「!」
「土日、一緒にいられるなんて、最高っすから」
「っ」
どこがいいんだか。
面白い話だって何もできないのとまる二日も一緒にいてよく飽きないな。そう楽しくないだろ?
「あっそ……それで? 何観たいんだ?」
「今、考え中っす」
「え? 今?」
「昨日コンビニ行く時、映画館もあるのを見つけたんで。それで誘っただけだから」
「……」
「なんでもいっす。治史さんが観たいのあれば」
本当に、どこがいいんだか。
けれど、あまりに嬉しそうにしてくれるから、無表情だと思ってた整った顔をくしゃっとさせながら、ずっと笑ってくれるから。
俺も、いたいって思うんだ。
枝島と一緒にいたいって、思って、何か、胸のところがギュッと苦しくなるから、やっぱり腹はいっぱいだった。
まるで三ツ星レストランのフルコースでも食べたみたいに、満たされていた。
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