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第41話 無駄

「っぷ、くくく」 「そんなに笑うことないじゃないすか」  だって、さ。 「いや、ごめん。すごいなと思うよ」 「…………全然思ってなさそうなんすけど」 「思ってる思ってる」 「それ、うちの課長じゃないすけど、同じこと二回言うのって、適当感半端ないんで」 「あははは」  そこは大きな声でつい笑った。  この前、ちょうどあったっけ。こっちの課長の「すいませんすいません」っていうの。あれ、二回連続で言ってるのに、誠実さというか、気持ちは反比例して半減するんだよな。「はいはい」とか一緒。二回続けて言うだけで、全然意味のない返事っていうかさ。  金曜日の夜、小洒落た店でワイン、とかじゃなく、通りがかりにあったような小さな焼き鳥屋に入ることにした。俺は、車を一度、ビジネスホテルの近く、提携を結んでいるらしく割安で止められるところに置いて、そこから枝島のうちまで、歩いて、どのくらいだろう。三十分? けっこう歩いたな。でも、そう長くは感じなかった。  浮かれてるのかな。  その後のことを思ってたのかもしない。 「だって、急な納期変更だったぞ。あれ」 「あんなん、しょっちゅうっすよ」 「そうなのか?」 「あの人、なんかパソコンわかんねぇっつって、工程入れてないんで」  今日が金曜日、本来なら来週の火曜日出荷だったものが急遽、早まって、どうしても土曜日には出荷して欲しいと、営業から連絡があった。それが営業にはすでに連絡の言っていたことなのか、本当に急遽、客先がねじ込んできたのかはわからないけれど、そんな直近での納期変更なんて本社じゃありえな……くもない、かな。まぁ、しょっちゅうじゃないにしてもなくは、ない、けど、それに対応できる人員の数は桁が違う。製品が出来上がっていたとして、そこからこの納期変更に三十人単位で対応していくのと、たったの三人。しかもそのうちの一人はデスクワークがメインで、検査なんてほとんどしたがない、そしてもう一人は検査はしたことあるんだろうけど、なんだか信用していいものかどうか。例えば、耐久試験にギリギリなんとか持ち堪えたとしても、品質上、ちょっと微妙っていう症例がでたとしても、そのまま「ま、いっか」でスルーして事勿れ主義でいきそうな曖昧課長。品質保証課三名のうち、二人がそれ。  実際に検査「員」はたったの一人、では、そんな納期変更対応できるわけがない。  きっと、これまでもそういうことは何度かあったんだろう。  このどうにも対処しようがない、工程をどう見繕ってみたって、人員の確保も、検査の省略化もできそうにない、この手も足も出せない短納期への変更にも枝島はほんの少しも驚いた様子はなかったから。 「枝島はすごいな……」 「?」 「本当によく頑張ってる」 「言われたんで」 「?」 「貴方に、っすよ」  言ったっけ? 直近での納期変更にたった一人で対応する方法なんて。 「常にオーダーメイド、ってわけじゃない我が社の商品なのだから、ある程度のことは頭に入れて準備をすること。準備ができて、先を見て行動していれば、イレギュラーが起きても対応はできるから」 「……」 「品質保証部は基本、破壊となるかどうかを試験する。基準をブラさずにいれば狼狽えることはない」 「……」 「そう教えてもらったんで」  大笑いじゃないけど。 「貴方に……」  くすぐったい。 「よくそんなの覚えてるな」 「っす」  顔が赤い気がして、思わず俯いた。 「声、綺麗だったから」 「俺が?」 「オンラインなんで、少しざらついて聞こえたけど、あの声、綺麗だったんで」 「……っ、そ、そんなこと言って」 「ホントっすよ」  不器用なんだろう。そして、きっと真っ直ぐだ。どこまでも真っ直ぐ。  オンラインミーティングの時寝てるのか思ったのは、俺が言ったことを必死にメモってたから。そして、真っ直ぐな奴だから、真っ直ぐ言葉を受け止めて、そのままここで、ずっと。 「だから、今日、ちゃんと終わらせられたんす」 「……」 「あと明日、デートなんで、絶対に休日出勤したくなかったし」  必死に、今日みたいに。一人でここで踏ん張ってた。 「明日から三日間、もらえたんで」  そんなの。 「三日間も、俺と一緒にいたら」 「?」 「飽きると思うけどな」 「ないっす」  いくらでもあげるのに。  きっと別に誰もいらないだろうし。  欲しい人なんて。  顔出しで、リアルの生活全部晒したらさ、面白いとこなし、フツーのサラリーマン。それの三日間が欲しいなんて奴いない。  珍しいと思うよ。枝島みたいなの。 「それにちゃんとこれ、作ったんで」 「?」 「プラン」 「……」  いくらでもやるよ。俺の退屈でなぁんにもない三日間でもなんでも。 「ネットで調べて、なんか良さそうだったとこ。ここもホテル取ったし。あと、ここの飯、昼飯っすけど、美味いって口コミ見たんで」 「…………これ、プラン作ったの?」 「っす」  まるで、それはしおりみたいだった。 「これも、教えてもらいました」 「俺に?」 「っす」  これは、覚えてる。つい最近のミーティングで話した。プラン立てて試験を行ってくださいって。そしたら隙間時間見つかるからって。人数が少ないのなら、少ないなりに無駄のない動きをしっかりって。 「貴方に教わったこと、全部、覚えてるっす」  無駄のないように?  せっかくの三日間だから?  違うのに。  無駄のないようにじゃなく、枝島の三日間が無駄になるぞって話で。  せっかくの三日間っていうのは、俺にとってじゃなくて枝島にとっての話で。 「楽しそうな三日間だな」 「!」  俺にはこの三日間が、きっと、すごく。  すごく、くすぐったくて、ただの雑草ばかりだった庭先に、まるで太陽のような色をした花がパッと咲いたように彩られたものになるって、予感がした。  そんな予感が胸に、あった。

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