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第44話 喉が渇きますよ。

 ビキニは、まぁ、冗談だし、それを勧められたとしても絶対に着ないけど、さ。  室内プールだぞ?  日光、ないんだけど?  ものすごい寒がりか?  虚弱体質?   の、割には、そこまで貧弱そうというか、か弱い、風が吹いただけで、はらりと倒れてしまうような儚さもないだろ?  これ、浮いてないか?  俺。  室内の温泉プールでパーカーって……どうなんだ?  むしろ脱げない理由を勘ぐられて、ジロジロ見られそうなんだが?  ヤ……のつく職業の人と間違われやしないか? 「着替え終わりました?」 「あぁ、終わった。っていうか、何も枝島まで水着をここで買わなくても。忘れたのか?」 「いえ、水着持ってないんで」  へぇ、水着、持ってないのか。あ、いや、俺も持ってないな。海、大人になったら行かないしな。  なんて思いながら、更衣室を仕切っているカーテンを開けた。本当に、無防備に、何もあまり考えず。 「!」  わ、って。  思わず、足が止まった。 「!」  そして、バチっと音がしそうなほど枝島と目が合って、枝島が、プイッと顔を逸らした。 「サイズ、大丈夫でよかったっすね」 「……あぁ」  耳まで、真っ赤だ。 「枝島?」 「すんません。不意打ちに狼狽えただけっす」 「不意? ?」  あ、うなじまで真っ赤に、なった。 「いや、なんか、そういう格好の治史さん、想像してたのよりあどけなくて、なんつうか、すけべだなと」 「は、はぁぁ? あど、け……って、三十のおっさんに何言っ」  狼狽えたのは、こっちだ。  不意打ちされたのも、こっち。  耳、熱い。  それから、うなじのあたりも熱くて。  思わず、口元を手の甲で拭いながら俯いた。  あどけないって、なんだよ。そう思うけれど、あまりに枝島がドキドキしていそうな顔をするものだから、つい、釣られて。  そして二人で俯いたところで、人がわっとやってきた。多分、大学生くらいなんだろう。筋肉質のスポーツをやってそうな男子グループが派手な笑う声をあげながら更衣室に戻ってきて。 「とりあえず温泉の方に行きましょう」 「あ、あぁ」  枝島はその大学生らしきグループから俺を守るように、自分を盾にしながら出口の方を指さした。  なんか、さ。  そういうの、なんか。  クル、なぁって。 「あっち、っすね」 「あぁ」 「はち」じゃないのにな。こうして枝島に大事にされる度に、俺の返事、視線、仕草一つずつに嬉しそうにされる度に、本当に愛でられキャラの「はち」みたいな気がしてくる。 「隣、いてください」 「……」 「マジで」  自惚れそうだ。 「あー……けっこう人いますね」 「まぁ、三連休だしな」 「喉、乾きません? なんか飲み物」 「そうか? まだ着いたばっかりだから、そう……でも」  四階建て、の温泉プール。下の地上フロアにはいくつか水着で入れる温泉が敷き詰められている。噴水のような形のものもあれば、ジャグジーのあぶくが七色に光っているもの、もちろん、シンプルなものもある。その敷き詰められた温泉のほぼ真ん中から蔓草が巻き付くように螺旋階段があって。二階には、休憩のできるスペースなんだろう。イスやテーブルが見えた。それから、三階は多分同じように休憩できるエリアと、サウナ、岩盤浴と書いてある看板が見えた。そして、俺たちのいる四階があって。四階のここから矢印の見える辺りに、レストランがあるらしい。スプーンとフォークのシンボルマークと矢印があった。  今、まだ昼にしては早い時間。  ちらほらと休憩所に続く階段にも人はいるけれど、まだ開場して間もないこの時間はみんな温泉のところにいて。  だから、つまり。 「……!」  そっと、キス、してしまった。 「早く、温泉いくぞ」  つい、キスをした。  人もいなかったし。喉が渇いたというから、喉が渇いたと言ってはいたけれど、きっとその渇きは「これ」でいくらか潤う気がしたから。  キスをした。  だって、俺も乾いたから。  上半身裸でハーフパンツスタイルの青色が鮮やかな水着を着た枝島を見たら、喉が渇いた。カラカラになった。  作業着の枝島の真面目そうな感じとも、私服の、少し若い感じとも違う。 「男」っぽい枝島に。 「う、わっ、本当に温泉だ」 「っす」  それでもきっと普通の温泉よりもずっとお湯の温度は低いんだろうけど、温水プールよりはずっと温かいお湯に入りながら、パーカー着用の水着っていうのがなんとも違和感すごくて。 「うー……やっぱり脱ぎたい」 「ダメっす」 「お前は何も着てなくて、すっぽんぽんだからいいけど」 「スッポンポンってなんすか?」 「……? え? 言わないのか?」 「……あんま」 「えぇ……そこまで違うか? 年代」 「あ、いや、別にそんなつもりは」  歳の差を大慌てでフォローするのが面白かった。 「それに、ほら、これはこれで、なんか、どうなんだ? これなら、見えちゃった方が」 「! な、な、何をっ」  だって、濡れたら布は肌に張り付くだろ? そしたら、ほら、肌に密着して、乳首の。 「ちょ! そういう時は空気入れるんすよ! こうやってブワって」 「! っぷ、あははは」  そう言いながら、俺の着ていたパーカーに空気をたんまり入れて膨らませて、お湯の中で風船人間みたいに膨らむ自分の胸から腹のあたりに大笑いした。  ずっとこうしててくださいって、そんな無理難題なことを言われて、まさかの課長が平社員に、三十路が二十四に叱られて、笑って。 「とりあえず、次はジャグジーの、と、わっ」 「!」  つるりと足が滑った。と同時に、また大慌ての枝島に掴んで助けてもらった。  転びそうになった拍子に暴れて水が跳ねたんだろう。枝島の前髪を濡らしてしまった。 「ちょ、治史さんっ、気をつけてください」  手を掴んでくれた枝島の手は熱くて。 「あ、あぁ」  心配そうに見つめる眼差しが鋭くて。  あとで、もしもこの手に腰を引き寄せてもらって、抱いてもらったら、きっと気持ちいいだろうなぁって思った。  あとで、抱いてもらいながら、この目に射抜かれた、たまらないだろうなぁって思った。

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