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第45話 トロトロデート

 水着で温泉にふやけるくらいに浸かって、たんまり遊んだ後、今度は館内着に着替えて食事をすることに、したんだけど。 「おま、そんなに食べるのか? 大丈夫か?」  そんなにカニばっか食べて。  大きな皿には焼きガニ、茹でガニ、カニサラダに、カニの甲羅焼きが乗っている。  明日の朝、起きたら隣にカニになってしまった枝島がいたりして、なんて、カニの呪いを心配するくらい。  昼食には少し遅い時間、昼食の時間帯ギリギリに入ってきたけれどそれでも食い放題だからと粘って食べ続けている人もいるのだろうか。レストランの中はまだまだ人があっちのカニ、こっちのカニって、カニを求めて歩き回っていた。  まぁ、そうやってカニ追いかけたのは枝島も、なんだけど。 「カニ……」 「? 大丈夫っすよ。つうか食い放題なんで」  昼からカニそんなに食べて。  食い放題だとそんなに食べるのか。すごいな。無制限みたいになってる。いや、食い放題だから無制限ではあるんだけど 「治史さんこそもっと食ってください。夜は」 「え?」 「夜は、だから」 「! っ、ま、ぁ」  夜は、ほら、控えないと……だから。 「治史さんて……」 「?」 「…………なんでもないっす。つうか、飲み放題でもあるんで、飲み物、とってきます」 「あ、あぁ」 「お茶、っすか?」 「あ、うん」  枝島が立ち上がり、ドリンクコーナーへと向かった。  館内着は男性女性ともに同じ、赤紫色をしていて、ほとんどの人が同じものを着ている。 「……」  なのに、枝島だけが違って見えた。一際目立って見えて、自然と目が……。  お茶を淹れているところに同じ館内着を着た女性が一人やってきた。枝島を見て、きっと惹かれるものがあったんだろうその女性はうっとりと見つめたまま。  わかるよ。  フツーにかっこいいよな。  自分の人、にしたくなるよ。 「治史さん、すんません。ホットのまんまでよかったっすか?」  俺だって、そう――。 「あぁ、ありがと」 「わ……あつ」  食事を終えて、あとは岩盤浴をって。  館内着のまま入れるそこは薄暗くて、サウナほどの強烈な熱さではないけれど、しっとりと充分な水分を含んだ熱気に一瞬、喉奥が驚いた。 「ここに寝転がるみたいっすね」 「あ、あぁ」  ちらほらいる男性客を真似して、少し硬めのマットに横たわり、同じ材質をした円錐形の枕に頭を乗せた。  横になると、なんだろう、何かお茶? なのか? 清々しい香りに包まれて。 「気持ちい……」  ほぅ、って、自然と溜め息が溢れた。 「……さっき、枝島に見惚れてる女性がいたな」 「そうなんすか?」 「あはは、やっぱ気が付いてなかった」 「すんません。治史さんしか見てないんで」 「っ」  まるで当たり前のようにそんなことを言われて、自然と隣にいる枝島の方へ顔を向けると、こっちを見つめてる枝島がいて、その視線が真っ直ぐで。 「そ、そういえば、剣道やってたって」 「はい」 「だから背筋綺麗なんだな。ただの館内着なのに、なんかかっこよく見えるっていうか」 「……」 「筋肉、ついてるから、ほら、腹筋もすごいし、背中も筋肉質で触ると硬くてさ、って」  自分で墓穴、だ。  触るとって言った瞬間、抱かれてる時にしがみついた背中の感触と、しがみついた自分の指先の感覚、それから、その行為そのものを思い出して、暑い中にいるのに、余計に身体の芯が熱くなる。  このまま溶けて、とろとろになってしまいそうなくらい。 「治史さんは学生の時、何かスポーツやってたんすか?」 「俺? 俺は陸上やってた」 「そうなんすか?」 「ハードル」 「すごいっすね」 「すごくないだろ。フツーの選手だったし」 「好きな食い物は?」 「んー、なんだろ。けど魚の方がいいかな。本社のある方は魚が美味いよ」 「そうなんすね」 「枝島は? 好きな食べ物」 「肉っす」 「あはは、カニかと思った」  だってあんなにカニ食べてたからって笑ったら、その口元に枝島の指が触れた。 「治史さんとこんなふうに話せて、やばいっす」 「!」 「はちさんってどんな人なんだろうってずっと思ってたから」  たまにあげる自撮りは決して顔が見えない。たまに出張に行くみたいで、そんな時はよく宿泊先のホテルの一室から自撮りをあげてくれる。そう言いながら、その指先が唇に触れる。 「あれでかなり抜きました」 「っ、ん」 「はちさんが、どっかのビジホで撮った写真」 「?」  どれ、だろ。 「っ」  触れられた唇が熱くなる。 「スーツ? 出張とかだったんすか? 鏡んとこで撮ったやつ。シャツはだけててネクタイ緩めてて。なんか、部屋にでかい鏡があって」 「ぁ、あぁ、あれか」  あの写真、反応すごかったっけ。  そう、出張だったんだ。かなり遠方で、企業訪問と業務の請負に関しての打ち合わせがあって、二泊三日だった。ビジネスホテルに泊まって、暇だったから、帰ってきたばっかりだったところを写真に撮ったんだ。ワイシャツを肌蹴させて。あれ、いい感じに撮れて、襲いたいとか感想をあっちこっちから――。 「すげ、興奮した。襲いたいって」 「っ」 「あと、あれもめっちゃ抜きました」 「?」 「ベッドで寝転がってるところを撮ってた。けっこう前。それが鏡に映ってて、かけ布団から足が見えて全裸なのかなって。顔ちゃんと見えなくて。ムラムラした」  そんなの、あったっけ。ベッドで寝転がって、なんて。  あ。  あった、かも。  移動日だけで、夜にホテルについて、もう疲れたから晩飯も適当に済ませてからダラダラとベッドで過ごしてた。大きな窓のあるシティホテルでガラス張りだったから。それでそのガラスが夜で暗くて、向かいのビルの灯りが綺麗だった。その明かりに混ざり込むように俺の寝転がってるところが映ってたのを撮ったんだ。 「いいなぁ、この人とやれてって」  まるでセックス後の気だるげな感じに見えるように。 「俺も、したいって」 「……っ」  喉奥が熱くて。  だからわからなくなった。 「すげぇ思ったんす」  この湿気混じりの空気のせいなのか。 「っ」  それとも、今したくてたまらないせいなのか。 「羨ましくてたまらなかったっす」  でも、こっそりと薄明かりの中、見つからないように、一瞬だけ触れた唇に喉奥が潤んだから、きっと、枝島が欲しくて熱くなったんだ。

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