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第54話 是正します。

 なんか、したか?  俺。  枝島に。  何か、した?  目を合わせようとしないのは……?  なんで?  三連休が明けた翌日はミーティングと夕方から整理整頓をしてた。その疲れで朝が起きられなくて、始業時間ギリギリの出社になった。そんな朝からずっと枝島が俺を避けてる。感じがする、のではなくて明らかに避けられてる。  同じ社内だぞ?  デスク隣だぞ?  昨日は自身の仮デスクにはほとんど戻れなかった。昼食も、今度時間がずれていたし。枝島も、大型案件が入っていて、その検査にずっと就いているからほとんどデスクにはいなかったし。そもそも枝島は書類等のデスクワークはほとんどない。その辺りは女性の斉藤さんがほとんど受け持っているから。  だからお互いに顔を見合わせる程度。  だったけど、それでも会わなすぎるだろ  今日は昼飯の時間にちゃんとデスクに戻ったのに、枝島はいなくて。  まぁ、その大型案件にかかっているからなんだろうけど。それでもな。ほんのちょっとで構わない話しかけるタイミングみたいなものすら与えない勢いで仕事しまくってるし。基本、検査は耐久性、強度なんかを確かめるものだ。「なぁなぁ」と気軽に話しかけられるものでもない。だって、目の前にある試験機は人間が誤って手でも挟めば簡単にへし折ってしまいそうな力で椅子を壊そうとしているわけだから。  けど、そんな、ずううううううっと検査機器を睨めっこなんてしてないだろ? フツー。  それなのに話しかけるタイミングがこれっぽっちもない。  まるで「本日、寡黙です」とでも書いてある看板背負ってるみたいに、その背中が話しかけられることを拒否しているのがわかる。  では、俺が何かしたのか? 「あ、久喜課長、お忙しいところすみません。そろそろ、定時の時間でお忙しいところだと思うんですけど」  お忙しい、二回、言いましたけど。  と、課長のよくする慌てた時のフレーズ繰り返し発言に対する内心ツッコミが、一日無視されてるせいか、少し刺々しくなってしまう。 「あのですね、うちの工場を懇意にしてくださってるデザイナーの越谷さんがですね、久喜課長も含めて打ち合わせをしたいと。今日、ノー残業推奨日ですし」  俺が寝坊したからか?  だらしないとか?  そんなことで無視する?  なんで?  なんでだ? 「……こんにちは、というか久しぶりだな。……久喜」  なんなんだ。 「おや、知り合いなんですか!」 「えぇ、実は大学が一緒でして」 「そうなんですか! それはそれは。それこそ、じゃあ今日はあのお店で和気藹々と打ち合わせをしましょうか!」  本当に、なんなんだ。 「えぇ、ぜひ」  今日は、一日中、この「なんなんだ」が頭の中をぐるぐるぐるぐる走り回っている。  無視されるようなこと、したのか?  したのなら、それを正す是正処置をするから言えよ。  なんでもそうだろう。  仕事でも、ミスを責めるのではなく、そのミスを改善するかどうか、今後にプラスになるよう動けるかどうか、それが大事だと。  ミスをしたら是正すればいい。  ミスをミスのままにするのが一番良くない。  では、俺のミスはなんですかー?  何かミスしましたかー?  改善します。是正処置報告書を発行しますがー? 「はぁ、そうですかそうですか同級生ですか。いやいや、本社は離れてるのでね、その本社からいらした久喜課長がこちら出身とは全く存じ上げず」 「そうだったんですね。同じ建築系の大学に行っていたんです。いや、まさかこんな偶然あるとは」 「そうですねぇ。偶然……そうですねぇ」  ふらりと頭を揺らした課長が握っていた何か入っていたグラス。それをコトンと置いて、ふわりと立ち上がり、小さな声で「そうですねぇ」と呟いて、「お手洗いぃ」と呟いて、どこかに消えた。 「あの人、酒好きだよな」  知らん。 「連絡、無視されてるから、職権濫用した」  何がそんなに気に食わないのか、ちっともわからん。 「これなら、課長がいない隙に少しでも話ができるかなって」  本当、なんなんだ。 「大学出て、ここ、離れてたんだな」  今日、何十回目、もしくはまさかの百回超えの「なんなんだ」を胸の内で呟いた。 「……俺とのことの、せいだよな」 「……」 「あの時は本当にごめん。あの時は、その……」  本当に、なんなんだよ。 「いいよ。もう、昔のことだろ」 「……治史」  言えよって話だ。 「あの時は俺も悪かったし」 「治史はっ、全然」  全然同じじゃないか。  あの時と。 「あのあと、気まずくて、俺は就職先とか、あえてここを離れるようにしたんだ。今は向こうで品質課長をしてるって、それは、まぁわかるよな。で、こっちのここの工場を買収して、今、テコ入れの真っ最中」 「……」 「もうあの頃のことは気にしてないし。達也はデザイナー、なれたんだな。よかったな」  デザインの話になると良く夢中になって語ってたっけ。  あの時も、今も、俺は言えてないじゃん。  あの時、もしも、達也に言っていたら結果は変わっていたかもしれない。けれど、言ってないから、あの関係で終わったんだ。  そして、今回も俺は言ってなくて。  そしたら、また同じになるだろ。  たった二文字なのに。  あんなに一緒にいるのに、落ちた、落ちてない、落っこちそうだ、だとかなんとか言って。そりゃ、枝島も呆れる。無視もする。自分から気が付いて是正しろって話だ。 「違うんだっ。俺はあの時、確認したんだ。その、お前に、男にのめり込むのが怖くてっ、夢中になって確かめてた。女の子ともできるじゃんって、それで、そのっ、だからっ、俺はっ」  その時、個室の襖が吹き飛んだのかと、思った。 「治史さんっ!」  吹き飛んだ。  襖じゃなくて。  モヤモヤ、うだうだの「なんなんだ」が、吹き飛んだ。 「あんたっ! 何してんすかっ!」  な。  本当だな。  何してんだろうな。  また同じ失敗するところだった。 「え? あれ、君って品質保証の」 「お疲れ様です。すんません。久喜課長、ここのところ疲れてるので、もう帰ります。俺送るんで大丈夫っす。お疲れ様っす」  それ、移るのか? こっちの課長の、それ二回目ですよってなる、繰り返しちゃってる喋り方。お疲れ様って二回言ったぞ。 「ほら、治史さん、立って」  また同じ失敗するところだったよ。 「金、ここに置いておきます。失礼します。お先っす」  なぁ。  なぁ、なぁ。 「治史さん、うちでいいっすか。少し話とかしたいんで」 「あぁ」 「すんません」 「なぁ」 「っす」  言ってないんだ。 「好きだよ」  それを俺はお前に、言ってなかったんだ。

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