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第55話 晴れやかに、うららかに
繁華街、歩道を歩く人たちは週末に比べたらぐんと少なくて、行き交う人も明日も仕事があるからと、酔っ払いきれない足取りで家路を急ぐ。大学生はそうでもないのかもしれない。大騒ぎをしている一団が反対車線の歩道を行きながら、二次会の場所を探していたから。
そんな道端で、ふわりと溢れた気持ちのままに言葉を口にした。
「好きだよ」
そう、告白した。
「は? え? な、あの! …………それ、マジで、すか?」
「うん」
「っ」
ぎゅっと枝島が顔をしかめた。
「な、んすか、うん、とか」
「? なんだよ」
「めちゃくちゃ可愛いんすけど」
「うん、って言ったのが、か?」
「っ」
あ、まぁ、そっか。いつも、あぁ、とか、だったから、かな。
「っつうか! あの! なんで、越谷さんと飲みに行ってんすか! あの人は貴方のっ、で、その、だからっ、フツー飲みに行かなくないすか? 俺、今日あんま席いなくて、斎藤さんからそれ聞いた時、はぁっ? つってなったんすけどっ。そっから慌てて、ここ来て。絶対にここだってわかってたからいいっすけどっ、だからっ」
いっつも「っす」とかしか言わないくせに、ものすごく饒舌になるんだな、なんて。
こんなふうに枝島もめちゃくちゃ話すことあるのか、なんて、ぼんやりと珍しいところを眺めてた。
眺めながら、自分の気持ちが躍ってることに気がついた。
なんだろうな。
ソワソワ? かな。
いや、それともちょっと違う感じがする。
ニヤニヤ?
うーん、それも違うかな。
ドキドキ、とも違う。
なんだろう。
とにかくくすぐったくて仕方ない。こそばゆくてじっとしていられない。
「なんで、笑ってんすか! 俺、マジでっ」
「だって、ムカついたから」
「はぁ? 何にすか」
「枝島に無視された」
「!」
「それにこの席設けたの課長だぞ? 断れないだろ。課長にしてみたらこっちの工場で大事な懇意にしている顧客なんだから、それを本社から来てる俺が蔑ろにするわけにはいかない」
「っ、そ、だけど」
「でも、まぁ、どうにかして断ることなんていくらでもできたけどさ。無視されて、なんなんだよってなって、憂さ晴らししたかったところに大学の頃の知り合いが来たから、ちょうどいいってなったんだ」
今度は俺が饒舌になって話し始めると、ぐっ、って喉奥を鳴らして、でもでも、を繰り返す子どもみたいに何か言いたそうな顔をした。
そんな枝島も可愛いなって思うよ。
「なんもないよ。まぁ、課長がちょうど席を立ったタイミングではちょっと」
「ちょっとなんすか。もしかして迫られたすか?」
「まぁ」
「はぁ?」
「けど、お前がさらってくれたじゃん」
「!」
「それに、その時も俺は、今日、ずううううううっと無視してくるお前のことで頭いっぱいだったし」
「!」
枝島をつっつくように、「ずううううううっと無視してくるお前のことで頭いっぱいだったし」もう一度、そう言った。
無視されたぞって、本人をちょんちょんと言葉の先で突っついて。
「すんません。無視、して」
「うん」
「っ」
けっこうしょんぼりしたんだからな。
課長なんてやってる。まぁまぁ部下には慕われてる……方だと思いたいけど、でも、もちろん慕われてるかどうかは確信はない。嫌われるような厳しいことを強めに言う時だってあるし。実際、嫌ってるというか、俺のことが苦手なんだろうって部下もいたことがある。だから、慣れてるわけじゃないけれど、いや、まぁ、慣れてる、かな。
でも、枝島には嫌われたら、ひどくしょんぼりする。
悲しいだろうな。
好きな人に嫌われるのはたまらなく悲しい。
「無視っていうか、あんま見ないようにしてたんす」
それを一般的には無視と言うんだけどな。
「休み明け、なんか治史さんすげぇ忙しそうで」
まぁな。好きな男が今後苦労しないようにあのゴミ屋敷をなんとなしないとって思ったからさ。
「遅刻、じゃないけど、来るの遅かったじゃないすか」
「……」
「俺ががっついたせいだろうなって」
朝、俺を見かけて、目を丸くしてたっけ。
「貴方は俺みたいなペーペーよりもずっと仕事たくさんあるのに、調子に乗って、貴方のこと抱きまくったから。ダメだろっ、好きな人に迷惑かけてっつって」
好きな人、なのか。
「けど見れば触りたくなるし、今日だって、ノー残業だから帰り誘いたくなるし。誘ったら、その、絶対にやりたくなるから。我慢しないとって。少しはちゃんと休ませてあげないとって。前にホテルあんま使ってないって言ってたし」
触りたい?
我慢してる?
なぁ。
「……好き」
「!」
俺は触りたい。
だから、ちょこんと、その長くて、指先が硬くて、少しざらざらするのを撫でるように、その指を握った。
「触ったぞ」
「……」
「そしたら、したくなったか?」
「! すげぇ、したいっ」
抱きたくなった?
「っぷ、すごい前のめり」
「だって」
「それから、ここ、外な」
「!」
「めちゃくちゃ会話聞かれてるから、いいけどさ」
俺は、すごく。
ものすごく、今、枝島に抱かれたいって、なってるよ。
それが指先からも伝わってくれないだろうかと、言葉だけじゃなく指先を絡めて、誰のことも気にすることなく、一番近くに来てもらえるように引き寄せた。
その指先が熱くて、胸が晴れやかに高鳴った。
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