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第60話 羊は何匹……
シャワーを浴びて、用意してもらった湯船に浸かると、思わず柔らかい溜め息が溢れた。
とろけるくらいに気持ち良かった。
好きだと告げながらしたセックスはとにかく気持ち良かった。
「……元彰」
ほら、名前を呼ぶだけで、少し気持ちがふわふわ踊る。
「……お湯加減、大丈夫っすか?」
「! あ、あぁ、大丈夫」
「……っす。着替え、ここに置いとくんで」
「あぁ」
びっくりした。今、名前呼んでたの聞かれてない、よな。なんか浮ついて、恋人とかに浮かれてるようで、聞かれてたら恥ずかしいだろ。いくつも年上のくせして、名前呼んで喜んでるとか。
「……どこも痛いとこ、ないっすか」
「あ、平気。全然」
「……すんません。加減ガン無視で」
ガン無視とか……なんか言い方が元彰っぽくて、くすぐったい。
加減、は、まぁ。俺もしなくていいって言ったし。むしろ元彰の欲しいまんま、俺のこと、して欲しかったし。
少しぬるめにしてくれたのはきっと身体のことを大事にしてくれたんだろう。まだ元彰のが入ってるみたいに余韻の残る身体にはゆったりとした温度のお湯がとても心地良い。
すごくすごく気持ち良かったんだ。
息ができないくらいに責めたてられると痺れるくらいに悦かった。
強く打ち付ける時、逃さないって腰鷲掴みにされるの、たまらなかった。
特に激しく突いてくる時に。
――治史、さんっ。
口から溢れ落ちるように上擦った低い声で名前呼ばれると、ただそれだけで奥がきゅっと締まって、甘イキが止まらなくて。
「っ」
思い出すと、余韻の残る奥が切なくなる。
「大丈夫っすか? 治史さん」
「!」
心配性なくせに、最中はすごく激しい。
「っぷ、そんなに心配なら一緒に入ればいいのに」
「っ、そ、れは……ちょっと」
遠慮しそうな感じなのに、前のめりなほど欲しがりで。
「ちょっと? なんだよ」
「っ、一緒に風呂とか入ったら、またしたくなる。確実に襲う」
大人っぽいけど、子どもっぽくて。
「っぷは」
「笑わないでください。マジで襲うんで! 明日も仕事なのに」
「うん」
なんだろうな。
好きで好きでたまらないんだ。
「じゃあ」
「?」
「また、襲って?」
「……」
「楽しみにしてる」
「あの、治史さん」
「?」
「明日も、うち泊まりませんか? その、」
本当にたまらない。
「やっぱ一緒に入れば?」
「ちょ! いきなり開けないでくださいよ! マジで! 全裸とかっ ホントっ、何考えてんすか!」
好きで好きで。だから。
「あはは、真っ赤」
「んもおおお! マジでなんなんすか! 早く風呂入って、寝てくださいよ!」
早く明日になって襲われたいなって思えたんだ。
「今、羊、何匹目?」
「九百八十三っす」
「あと少しで千じゃん」
「けど全然眠くないっつうの大変なんすけど」
「っぷは、だから、俺、ホテル戻ろうか? 二十四時間出入りできるし、タクシー呼んで」
「絶対に無理なんで」
そこで逃げないようにって元彰がぎゅっと俺を抱き抱えた。
背中にちょっと当たってる。
かったいの。
「……前にもこういうのあったっけ」
「ありましたね」
あの時は、じゃあ、って言って、手でしたんだ。でも、今回は。
「俺の手、気持ち良かった?」
「そりゃ」
そこでくるりと体勢を入れ替えて、元彰の方へと向き直す。狭いシングル用のベッドの中、密着していないときっと元彰がベッドから落っこちてしまう。だからこうして向き合うとまるでキスをずっとしているみたいな至近距離だ。
「じゃあ、明日、な」
「え?」
「明日、たくさん俺の手使っていーよ」
「え。手だけ?」
「っぷは、手も中も奥も……それから口も……」
全部。
そうキスするように唇を寄せて囁いた。
「っ、あの、俺、今、なんの拷問をされてんすか」
「あはは。セクハラ」
「っ、マジでっすよ。ホント……急に名前呼びも、ゴムなしも、心臓もたねぇ」
「だって」
「それから、風呂場で俺の名前こそっと呟くのも」
「! おま、あれ、聞いてっ」
――元彰。
さっき呟いた。
もうしないと思っていた恋の相手の名前をそっと囁いて、胸を踊らせて、気持ちふわふわにさせてたっぷり肩まで使った優しいお湯と同じくらいの幸せ心地に浸りながら。
「あそこで、俺の名前呼びながらオナニーとかしてもらえるかもって、期待したんで」
「す、するわけないだろ! もうなんも出ないくらいしたんだから」
「すげぇエロい声だったんで」
「エロくない! っていうか、あれは、その、また枝島って苗字でつい呼ぶことがないように、だなっ」
「…………っぷ、あははは」
「!」
あぁ、もう。
「焦る治史さん見た」
「…………」
好きで、好きでたまらない。
「からかうな」
「っす」
そのぶっきらぼうな返事も、なんもかんも好きだよ。
「……おやすみ」
普段は隠れて見えない額も好き。
「明日、ビジネスホテルのほうキャンセルしてもいいか?」
「! できるんすか?」
「泊まるところが別にあれば」
「!」
「じゃあ、泊まるから」
ワンコみたいになるのも好き。
全部、好き。
まさか恋をするなんて思わなかったんだ。
まさか恋が。
「おやすみ、元彰」
こんなにどこもかしこも気持ち良くさせるものだなんて、思いもしなかったんだ。
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