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第68話 課長とお仕事
整理整頓。
一つの検査が終わったら、とりあえず整理。一日の仕事が終わったらしっかり片付け。
仕事の基本だ。
「で、これで一旦検査完了な」
「っす」
「次の試験の準備するから」
「っす」
言いながら作業台の上をテキパキと片付けていく。片付けは基本、業務の区切り区切りで行うべき。もちろんギリギリまで検査をしていて身支度を整える時間っていうのがない場合もあるだろ。その時だって道具のリセットを絶対にしろ! なんて教育ママのようなことを言うつもりはないけれど。
「本社だと、こうやって整理整頓してるんすか?」
「あー、まぁ、そうだな。でも個人個人でそのへんは自然と、かな。うちの、本社のさ、ミーティングで、先月議事やってたの」
「……っす」
「彼はたまに整理整頓し忘れて、翌日俺に指摘されてる」
「そうっすか」
仕事は上手に自分なりにまわせるレベルで今のところ中堅って感じかな。俺が業務を振り分けるんだけど、少し負荷過剰にしても全て完了させてくるくらい。でもそのせいか時間ギリギリまで仕事していることもあって、整理整頓が追いつかないことがある。
「でも基本的に必須だよ」
「そうなんすね。そこちょっとガタつくんで、手、気をつけてください」
これは環境整備ももう少し備品揃えて頑張らないとだなぁ。
そんなことを思いながら、棚に過度には寄りかかることのないように道具を置いた。
寄りかかると危ない棚ってどうなんだ?
検査に使う道具は元彰が掃除をしてるからゴミ屋敷のような有様にはなっていないけど、でもそもそもの棚たちが古くて安全性がちょっと……だ。
昔はきっとここまでの品質検査なんてしてなかったんだろ。だからそこまでしっかりとした棚も必要なかったんだろうけれど。もしくはどこかから余った棚を持ってきたのかもしれにない。並べられている道具の重量と棚の強度が不釣合いだ。
「あぁ、わか、ぅ、わっ」
わかったと言おうとしたところで本当に棚がぐらりと揺れて、その拍子に検査用の道具が落ちるんじゃないかって慌てて、足元にあった角材に足が。
「っ、あっぶねっ」
挫くところだった。
「気をつけてください。俺が手で、はる、久喜課長が足、やったら、もう他に誰も検査できる人いないんで」
足を挫かなかったのは元彰が後ろで受け止めてくれたから。
「悪いっ、手」
「大丈夫っすよ」
元彰が口元だけで小さく笑って、今朝、やっぱり上手に巻けなくて結局元彰が自分で包帯を巻いた手をひらりと振った。
「上に乗っかられても大丈夫なんで」
「!」
なんとなく意味深に思えてしまうその一言に飛び上がった。
「角材、ここにあるのがそもそもダメっすよね。すんませーん」
元彰はその角材を左手で持ち上げ、そのまま製造部の人間に手渡した。
「すんません。検査、止めました」
「あ、いや、これは俺が」
「本社ならこういうの転がってないんだろうけど。こっち狭いんで」
「あぁ」
確かに本社なら角材が転がってることなんてまずあり得ない。エリアは厳重に区画化され、置くべきものを置かずに放置、というのは厳重注意にあたる。多種多様な家具に多種多様な材料。決められた場所に置いていないと、その何百もある材料一つを探すのさえ困難になるし、いらない無駄な時間の消費に繋がる。
「棚買った方がいいかもな」
「けど、そんなの」
「俺が本社に頼むよ。この環境の中じゃ効率化にも限度があるし」
「……」
「? 元彰?」
「いや、なんでもないっす」
今日の実務は俺が代行というかメインで行っていた。
見て学ぶ、それも大事な事だから。手を使えない元彰は俺が検査しているのをじっと見つめて覚えるのが今日の仕事だ。
「それで、こっちの面を検査する時は」
「っす」
「見えるか? この辺りに荷重を」
言いながらしゃがみ込むと、元彰も一緒になって屈んで、指摘している部分を見ようと首を傾げた。
「大丈夫か?」
ここから仕事してる感じがあるから、こっそりとそのまま尋ねた。
「どこか痛いんじゃないか? その、昨日、長風呂したし」
少しだけ、ほんの少しだけ元彰が元気がないような気がした。ふと、表情が陰るというか。だから、昨日無理をさせてしまったんじゃないかと思った。風呂にも長くいたし、その後、ベッドでだって、あんなに病院でしっかり巻いたはずの包帯が解けかけるくらいだったから。
「平気っすよ」
本当に? でも――。
「……なんか」
「?」
あ。
「仕事してる時の治史さん、エロいっすよね」
「!」
しゃがんで話してる、から。
「っな、なっ」
「何も異常なさそうっすね」
二人の会話が二人でしゃがんで作った小さな空間にだけ籠って響いて。それからしゃがんでるせいで元彰の表情が工場の照度ギリギリな灯りを遮り影って。
まるで。
「検査、次のレクチャお願いします」
まるで、抱き合ってる時を思い出させて、心臓がバクついた。
「あ、あぁ……」
こら、品質保証課長。
そう自分を自分で叱って立ち上がる。
「次の検査は……」
そう言いながら、小さく咳払いをして冷静なフリをする俺に、いつも通り、少し我儘な元彰がいつも通り、小さく笑って首を傾げた。
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