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第71話 ご馳走を

 ヤキモチなんてもの、しないと思ってた。  こっちに来てから思いがけないことばかりだ。  金曜日の夜がこんなにワクワクするものだっていうのも、思わなかったし。 「あ、そうだ。元彰の好物って何? ほら、せっかくの金曜だし、少し夕飯が遅くなっても大丈夫だろ? 買い物して。俺が……作れるかわからないけど、作るよ」  だって、金曜日だって大喜びしたって、二日間が終わればまた仕事だろ? なんだか週末が来る度にはしゃいで、その週末が終われば溜め息をついて、なんて忙しい気がして。 「何かあるか? 好物」 「……治史さんの乳首」 「! ちょっ、おま、お前っ、あのなっ、何」 「マジっすもん。っていうかもう車出せます」 「!」  ほら、そう言って発進を促されたのとほぼ同時、後ろの車が少し遠慮がちにクラクションを鳴らした。せっかくの金曜日なんだ早く家に帰らせてくれ、と、小さくクラクションを。  まったく。運転中にとんでもないことを言い出した元彰をちらりと見ると、涼しげな顔をして、マジで好物っすよ、とか言っている。 「なんでも食います。好き嫌いとかないんで。簡単な飯でいいっすよ。俺、手がこんなだし」 「好き嫌いないのか?」 「あんま食にも興味ないんす。けど、治史さんの好物がいいっす。食べるなら」  ちょうどのタイミングで、車は次の信号で足止めをされた。工場は工業地帯の端にある。駅からは遠くて車がないと不便なところだけれど、高速の出入り口が近いから、搬送、搬入にはとても便利。でもおかげでこの辺りは大型トラックも行き来をしていて、尚且つ、ここ、小刻みに信号があるんだ。おかげで朝は渋滞になりやすくて、少し面倒なエリア。もう三週間もこの道を通ってるからさ。脇道とかも見つけてる。  けど、脇道は通らなくて正解だった。 「……」  こうしてキス、できたりするからさ。 「こっちを食べるの、は、後で、な」 「……」  恥ずかしいことを言ってる自覚ならある。  俺のことをご馳走みたいに例えるのも、滑稽だなってわかってる。でも――。 「な、なんて、な、あはは」 「っす」  でも。 「あとでめちゃくちゃいただきます」 「っ」  でも妙に勘繰ってヤキモチするくらい、今、なんか、そのヤキモチをしたことにも、それ全然そういうのじゃないんでって言ってもらえたことにもはしゃいでいるから、仕方ないんだ。  夕飯は釜飯に焼き魚。それから味噌汁。カット野菜は、キャベツの千切りを買って済ませた。  釜飯は、別に本当に釜飯を作ったんじゃなくて、そういう素が売っていて、ただその素を入れて炊けばできるっていう画期的な商品があったから。  すごいなこれ、ってスーパーで褒めたら、それマジで言ってるんすか? なんて、元彰が今日一番驚いた顔をしていた。  テレビを見てない俺でも知ってるそれをどうして知らないんすか、って、目をまんまるにして。  そんな釜飯の素のおかげで、あとは魚を焼くだけでよくて、夕飯はこの間よりも上手に作ることができた。ただご飯を炊いただけ。魚を焼いただけ。なんだけど。  それから二人で食器を洗って。  もちろん、俺が洗って、元彰が拭く係。  今日の、話題は、俺がヤキモチをしてしまった女性社員の息子さんの話と、その女性社員について。  本当に見た目が若いんだ。俺と同じ歳くらいに見えるし。それで元彰と同じ歳くらいの息子さんがいるなんて。どんなに若い頃に生んだとしたって、だろ?  でも話すと結構おばちゃんっすよ。  なんて元彰が笑っていた。  それから風呂に入って。  風呂に入ったのはとりあえず、俺だけ。  まだ、怪我は完治どころか、全然痛くてたまらないくらい。  月曜日には傷口の様子を見せに、また病院に行かないといけない程度には、ちっとも治ってなんかいないから。だから、風呂はあとで。そう何度も入って、温めすぎて傷に触るかもしれないだろ。だから、風呂はとりあえず俺だけ入った。  まだ、元彰の食べたいのは、これから、だから。  なんて。  顔から火、吹き出しそうな恥ずかしいことを思ってみたりして。 「治史さん、大丈夫っすか?」 「な、にが?」 「顔、真っ赤だから」 「!」  真っ赤にもなるだろ?  身体を丁寧に洗いながら「召し上がれ」なんて単語が頭の中に浮かんだんだから。  そして、自分から率先して、差し出された着替えの上だけを着て、下着もルームウエアの下も履かずに、濡れ髪もそのままに戻ってきたんだから。  早く、できるだけ急いで「どうぞ」ってするために。  なんて、恥ずかしくて真っ赤にもなるだろ? 「……あ、元彰」 「っす」  ベッドに腰を下ろして俺を待っていた元彰の目の前に、そんな格好で立ち止まる。 「のぼせてないっすか」 「ん」  のぼせてる。 「熱いっすけど」  のぼせてるに決まってる。 「へ、気」  のぼせてるよ。じゃないと、できない。こんな、ベッドに腰を下ろして待っていてもらえたことに浮かれて、ゾクゾクしながら、その元彰に跨るように腰を下ろして、向かい合わせで、服越しでもわかるくらい、乳首、勃たたせて。 「食、べる? か? こ、れ」  こんな恥ずかしいこと、のぼせてなくちゃ言えるわけない。

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