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第74話 応援してる

 ―― 貴方が本社に帰るまでに、また恋愛したいって思わせる。  三週間で恋をしたいって思ったよ。  だから、延長になったこの一週間で――。 「は? 延長っすか?」 「え? 言ってなかったっけ」 「いや、言ってないっすけど!」  いきなり起き上がった元彰の大きな「ワン!」みたいな声にびっくりした。  もう寝ようとしていたところだった。シャワーも浴びて、まだ、包帯をどうにか巻き終えて。その不器用な自分の不甲斐なさにがっかりして、そんな俺に元彰が笑いながら男二人で転がるには窮屈なベッドで。  寝る寸前。  明日のデートどこに行こうか考えて。  水族館は行ったし、レジャー施設も行った、一泊二日なんてして。だからどこがいいかなぁって考えてたら  けど、帰る荷造り大丈夫すか? と訊かれたから。  はい? まだ帰りませんけど? って答えた。 「何日?」 「一週間……」 「はぁっ?」  言ってなかった? か?  怪我して。  それで大急ぎで病院連れて行って、診察の間に本社の部長に連絡した。  検査員が不足どころかいなくなるからと報告して。バタバタしながら帰って……そっか……言ってなかった……か。  うん。  記憶を辿ると確かに言ってない。 「でも延長を知らなかったわりには普通だったぞ」 「そりゃ、」  普通はもっとこう、なんというか、その、好きな相手がまた遠くに戻るとなれば寂しかったり、行かないで欲しいと思ったりするもんだろ?  駄々をこねるでもなんでも。  寂しくないのか?  やだって思ったりしないのか?  普通は、さ。  なのにいつもと変わりがないというか。  だからこっちでの仕事が延長というか、元彰の代わりとして検査対応することをどこかで聞いたとか。あの課長ならすぐに言いそうだし。だからもう知ってるのかと思い込んでた。  今の今まで知らなくてあんなにいつも通りってことはさ。  俺が本社に戻ってもかまわないってことなのか? 別に、その程度?  だったのかと。 「関係ないんで」 「え?」 「貴方が、つか、はちさんがどこにいるのかなんてわからず、追いかけてた頃に比べたら全然ヨユーっすよ」  顔もわからない。  けど、どうしようもなく追いかけてた相手。  だった。  でも。 「はちさんの本名知ってるってだけで、ふとした時に浮かれられるくらいなんで」  今はどこにいて、何をしてるのかわかる。 「なんで、別に治史さんが本社に戻ったって全然追いかけるし、会いに行くし」 「……」 「もちろん、こうしてすげぇ近くにいられたら最高ですけど。でも」  元彰があぐらをかいて座り直しながら振り返り、ふわりと笑った。 「俺、久喜課長、尊敬してるんで」  こんなに男っぽかったっけ。もっと、少し頼りなくなかった? まだ若いっていうか。手を出して、補助してあげたくなるような、そんな気がしていたのに。 「だから貴方の仕事の邪魔もしたくないんす」 「……」 「最初のオンラインミーティングの時、すげぇ驚いたんすよ」  自分よりもたった六つしか年上じゃないのにこんなに仕事できるんだって、と、何かを思い出したようにふわりと笑った。 「こんなにこの仕事って考えながらするんだって驚いたんす」  毎日毎日、ただ検査をしていく。家具の頑丈さをただ機械を使って測定していくだけの仕事。学校の勉強と同じだ。やる、となっているからやるだけ。はいはい、わかりました、と言って、指定された試験を対象物に行い、OKってするだけ。 「そんな大したこと、言ったか?」 「いつもすげぇなって、オンライン越しに思ってました」 「いや、そんな」 「それこそ、ホント、すっげぇ小さいことっすよ。きっと貴方は覚えてないレベル」  ――そちらの検査結果報告書を確認しながら、チェックリストも見ていたのですが、この九項目のチェック、レ点は本来不適合のほうにするべきです。  チェックリストなんて、パッと見て。  はいはい、見ましたってレ点を入れていくだけの「作業」だと思っていた。 「けど、そうじゃないんだって、その時、すげぇ驚いて。もっとちゃんとしないとやべぇって」 「……」 「そっからっす。そっから、貴方の話をめちゃくちゃ聞いてメモるようになった」  ときめくって、いうのを、今、実感した。  してる。 「なんで、貴方の仕事の邪魔なんて絶対にしないっすよ。別にどこにいても、どこまでも追いかけるんで。全然、本社に戻るのも歓迎っつうか、歓迎はしてないけど、寂しいし、貴方にこうして触れてたいし。でも、応援は」  トクトク、心臓が躍って騒いでる。 「応援はめっちゃやります」  すごいな。  これはすごいことだ。  こんなこと、あるんだな。 「元彰」 「っす」  架空の「はち」を作ってよかった。あの日、達也にフラれてよかった。ここを離れて、うちの会社に入ってよかった。三週間こっちに来ることになってよかった。  元彰に会えてよかった。 「ありがとう」  そっとキスをした。  触れるだけのただのキス。  でも、丁寧に、丁寧に、触れた。 「明日、どこ行こうか」 「どこでも。治史さんの行きたいとこ、こっちで、あれば」  この一週間で、もっと、この恋をたくさん味わいたい。  俺と。 「じゃあ……」  お前で。

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