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第75話 恋休日
色々考えたんだ。
映画とか、ドライブとか。まぁ、ちゃんと付き合ったのは元彰だけだから、よくあるお決まりのしか思いつかなかったけど。
「掃除とかするんすか?」
「するだろ。え? してないと思われてたのか? 料理は全然だけど家事能力ゼロではないからな」
「あ、いや、そーじゃなくて、なんつうか。はちさん時代とかは……あんま、生活感とか、なかったから……」
なんだよ、その、はち時代って。
でも、今はもう「はち」を追いかけてた頃とは違うからなんだろうな。「はち」じゃない俺を知っている、今は。それだけ熱心に追いかけてもらえていたのだと、話しているとその言葉の端々から感じられた。
「掃除とか、洗濯とかしてるって想像できなかったっつうか」
「まぁ、そうだよな。生活感出ないように気をつけてたし」
デートしようって、俺から誘った。
でも映画でもない、ドライブでもない。違うデートにした。
土曜日、起きてすぐ目が合った元彰に、さっそく、「どこ行くんすか?」って、まるで、散歩のタイミングを待ち受けるシェパードみたいに尋ねられるとちょっと申し訳ないけど。
残念。外に散歩じゃないんだ。
笑いながら、おうちデートって答えた。
今日は部屋でゆっくり過ごしたいって。
元彰は手のことで俺が気遣ったんだと思ったらしく、平気だ、どこでも行くって言ってくれたけれど。
違うんだ。
体感したいっていうか、さ。
今までの俺にとって「普通」の休日。
そこに元彰がいたら、どうなのかなぁって。
「俺、いつか、治史さんの部屋行ったら感動すんのかも」
「?」
「だって」
ネットの中でずっと見続けていた「はち」の欠片。その全部を見られたら、なんて。
「別に、フツーの部屋だよ」
料理のできない俺にとってはちょうどいい、というか持て余すようなキッチンにリビング。リビングにはテレビがあって、朝はいつも同じニュース番組を見てる。時報代わりになるんだ。天気予報が始まる前に朝食を終えてないといけない。エンタメニュースが始まったら、もう着替えないと。そして、今日の運勢が始まる時には出る準備を終えて。そんなふうに、普通のサラリーマン。
「そんなことないっす。洗面所とか見たい」
「あはは。洗面所が一番自撮り率高いからな。鏡あるから」
「あと、白い壁」
「あぁ、あれ、リビング」
「寝室かと思った」
寝室はでかい窓があって無理なんだ。窓の反対側はクローゼットになっていて、残り一面の壁にはデスクトップがあるから背景に使えそうなスペースがどこにもない。
だから「はち」はいつも洗面所とリビングのなんにもない白い壁のところで撮ってた。
「いつか……」
「?」
約一ヶ月前に溜め息混じりでここへ、地元へ戻ってきた時はこうなるなんて思いもしなかったなぁ。
秋空だ。
「行ってみたいっす」
一緒に朝食を作った。
「あぁ」
食べながら、今日の天気を二人で確認して。まだ朝なのに夕飯何にしようか考えて。それから掃除をして。洗濯物を干して。
そしたら、清々しいほど青く澄み切った秋空だったから。
「そしたら、すげぇ美味い魚料理の店に連れてってやる」
「っす」
「あ、そうそう、本社にも元彰と同じ二十四の奴がいるんだけど」
「どっちすか? オンラインミーティング、本社ってそれぞれのパソコンから参加してるじゃないっすか。若い人、二人いませんでした? 髪長めの奴と、丸坊主の奴。俺の中で野球部っす」
「……いや」
「?」
「三人。もう一人、は、入ったばっか」
「……いました?」
「いる。しかもその髪長めの奴と、野球部じゃなくて柔道、今もやってるらしい坊主が二十四で同期。そんでもう一人」
うーんと唸りながら誰だろうと記憶の中で探してる。
まぁ、わからなくもないけど。
「髪、長めで、って言ってもオンラインの時はわかりにくいか。帽子かぶるから髪縛ってて、多分パソコン画面だとただのオールバックっぽいかも」
「……あ! すげ、わかった。髭の」
「そうそう、そいつ、今十九。高卒で入った、一番若手」
「見えねぇ」
「ブハッ。直球」
「いや、だって」
本当に清々しいな。シーツとバスタオルが湿気のない爽やかな秋風にはためいてるその下で、今二人で休憩してる。マグとコップに入れたてのコーヒーを持ち寄って、ベランダに続く窓を全開にしたままその窓のところに並んで座り込んで。
「本社来たら会えるぞ」
「あったらとりあえず、牽制しておく」
「あは、なんでだよ」
朝起きて、とりあえず土曜のうちにできるだけ家事を片付ける。
今みたいに洗濯して、掃除して、それからあとで買い物に出かける。
「その髪長い方、面がいいから」
「そうかぁ?」
「……ミーティングの時、確認してたんで。つうか、そこで疑問って、それはそれで、失礼かと」
「あはは、確かに、けど、だって」
いつもと同じルーティーンの俺の休日。
「元彰の方がかっこいいじゃん」
「! っっっっ、あざっす」
でも、こんなに楽しくなるのか。
すごいな。
まるで違ってる。洗濯も掃除も、こんな小休憩も、何もかも。
「真っ赤」
「そりゃ。とりあえず押し倒していいっすか」
「っぷはははは、すげぇ直球。けどあとでな」
「はぁ? なんですか」
「買い物。さっき、二人で夕飯決めただろ」
何もかも楽しい。
「ほら今度はスーパーまでデート」
「っす」
恋がここにあると、こんなに何にもないただの、フツーの、休日が、胸躍る、たまらなく楽しいものになるなんて。
すごいな。
恋は。
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