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第85話 初カレーすけど?
そもそも寡黙だけど、無言の中に混ざる圧がすごいなぁって、その圧をヒシヒシと感じつつ、呑気に、自分では、まぁまぁの出来だと思うカレーを一口食べた。
終業間近の時間でよかったよ。
ずっと口がへの字。
それで朝から職場にいられたんじゃ、こっちの課長がどうしたんだって、理由教えるまでくっついてきそうだろ。それに斉藤さんも心配するだろうし。
たった三人しかしない同じ部署のメンバーなんだからって、なるから。
「わかったってば……達也くらいしか相談できるところないんだから仕方ないだろ」
そんな相談したくなるようなことがあったんすか? なんすか、それ。って顔。
それを眺めながら、まだ熱くて食べるのに苦労するカレーをまた口に運んだ。
どう? けっこう上手く出来ただろ?
って訊きたいのになぁ。
隣でムスッとした顔で包丁握られてもさぁ。
これなら、手痛くても食べるの面倒じゃないだろうし。カレーなら料理初心者の俺でも作れるなって、ふと気が付いたんだ。
斉藤さんのところのお子さんが、学校の行事でカレーを作ることになったらしくて、その話を聞きながら、あ、そっか、カレーなら俺でもって。小学生が作れるのなら平気だろ?
初心者の俺でもさ。
料理も。
「すごい剣幕だったな。ガラスに張り付くから、笑った。笑ったら、なんか、その張り付いた部下にガン飛ばされたけど」
恋愛も。
「お前のことで相談乗ってもらってたんだ」
まだまだ初心者でさ、その都度考え込んでる。
カレーも、このルーの箱に書いてある具材の分量だと少なくないか? って思えてさ、だって、玉ねぎ三個、人参一本、じゃがいも二個だぞ? 絶対に少ない気がするだろ? だから、なんとなく、目分量で入れたら、鍋ギリギリで溢れる寸前になってかなり焦ったけど。
な?
料理も下手だろ?
だから、これであってるのか? って不安になるんだ。
「本社から一年、向こうで研修に呼ぼうって話が出てる」
「!」
「一年かけてお前のことをこっちをまるごと任せられるだけの検査員に育てようとしてるんだと思う」
どんな顔するかなって思った。
せっかくこっちを自分で立て直そうと思ってるのにって残念そうな顔するかなって。
「……マジ、すか」
でも予想は外れた。
頬まで少し染めながら、目力の強い瞳を見開いて、パッと表情を明るくさせる。
嬉しそうな顔、してる。
「俺が一年、治史さんと」
「けど、俺がそれは断ろうと思ってる」
「! はっ? なんっ」
一緒にいられらるって思ってもらえた。それは単純に嬉しい。
「こっちの負荷が半端じゃなくなる。新しく求人かけてもすぐに見つかる保証はないし、見つかったとしても使えるようになるまでどれだけかかるのか不明瞭すぎる」
それでなくても車がないとどうにも不便な工業地帯に、今、かなり人材不足が問題になってる製造業だ。むしろ、人員補充に一年単位でかかるかもしれない。
「本社から人員補充と言っても、中堅どころは抜けられない。そこが抜けて品質を保てるかどうかわからない賭けは会社は喜ばない。が、若手は元彰ほどにはできないよ」
だからこそ、元彰を育てようってことなんだと思う。
「けど! 一年そっちに!」
「うん」
いられたらいいなぁって思うよ。
一緒に仕事できたらなぁって、さ。
「ならっ!」
「お前と一緒に工場立て直そうと思ってる人は?」
「!」
「その仲間と、あの工場をちゃんとさせられたら、ものすごいことだ」
俺が溜め息をついた呆れるようなゴミ屋敷状態を客先連れて歩けるレベルにするのは至難の業だ。
それを今、一緒に頑張ろうとしている仲間とやり遂げられれば、その仲間はこれから元彰にとってとても大事な味方になる。味方がいるっていうのは大事なんだ。窮地に陥ったとしても仲間が必ず助けてくれるから。そして元彰もその仲間を助けて。そうやって最高の現場ができていくと思う。
「元彰ならできるよ」
「……」
「そんで、それができたらものすごい優秀な課長候補だ」
「……」
「頑張れ」
これが課長として一番の選択だと思う。
「けど! 俺は、貴方とも」
一緒にいたい。
毎日一緒に仕事して、飯食って。俺、お前の食べてるところ眺めるの好きだし。
週末は一緒に出かけて。
夜は抱き合って。
朝は、寝ぼけてるお前を眺める。
最高。
そう思うよ。でも――。
「そんでさ、しっかり出世して」
「……」
「そのうち俺に飛行機乗って会いに来て」
でも、恋人としてはきっとこれが最善の選択、だと思う。
「それまでは毎週俺がこっちに飛行機でも新幹線でも使って会いに来るから」
そしたらいつかは本当に一緒に仕事ができる、なんてこともあるかもしれない。同じ会社なんだ、今後はもっと行き来は頻繁になってくるだろ?
お前が今回の俺みたいに週単位で本社に来ることなら充分あるだろうし、俺がこっちにまた来ることだって。
だから、ずっとってこともないとは言いきれない。
けど。
「俺のこと、どこにいるのか分からない、ネット上で眺めててくれたのに比べたら、一週間、少し遠くにいたって、大丈夫」
でも、ここをこのままにして、いま離れるのは違うと思うから。
「はち、さん」
「そ。はち、も、俺も、お前だけ触れるし、抱けるんだから」
これが最善の選択だと思うんだ。
「一週間くらいのお預けくらい、むしろ楽しいかもしれない」
本当に、好きだから、元彰にとっての最善を取りたい。そう思うんだ。
「でさ、俺の初カレーはどう?」
「……」
「料理だって、離れてる間にめちゃくちゃ覚えとく」
「……っす」
「?」
「最高に美味いっす」
恋愛初心者だけど、さ。
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