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第86話 そこは穏便に……は、いかんでしょ。
元彰の一年に渡る研修はとりあえず、現段階では難しそうだ、ということで保留になった。
元彰も納得してくれた。
実際問題、一年本社に言っている間のこっちの工場のことは心配ではあったんだろう。せっかくできた職場仲間と環境改善をやってみたいって気持ちもあったんだと思う。
やれるってところを見せたいって言ってくれた。
会えなくなるわけじゃない。
とめどなく離れた存在の「はち」との距離感に比べたら、飛行機で一時間とちょっとの距離なんて、大したことじゃない。
元彰はこのままこっちの工場で俺からの「工場立て直しに関して」と題した課題も含めて取り組んでいく。
俺は、あと数日でここから本社へ戻ることになった。向こうでにはきっと不在の間に溜まって山積みになっているだろう仕事が俺を待ち受けてて。まずはそれらを片付けないと。休日出勤になんてならないようにと、必死に。
そんな感じ
で、丸くおさまる。
……なんて、ことにはしない、だろ?
俺と元彰のことは、仕事をしている社会人として、それから恋人の仕事も尊重しあう大人として、最善の選択じゃないかなと思ってる。
でも、これは、元彰の言っていた選択肢を選ぶつもりはないよ。
「は? なんでっ、俺たちがっ」
は? は、こっちのセリフだ。
これに関してだけは、このまま収める気、全くないから。
このままうやむやにしていいわけない、だろ。
大人として。
仕事をしている社会人として。
責任、取らせるだろ。
「なんでも何もない。今回の枝島くんの負傷、かなりの大問題になります」
「はぁ? だから、俺たちはそんなことするわけないじゃないっすか」
「……自動販売機のところであんなことおしゃべりしない方がいい」
「!」
間抜けだなぁ。
「ちなみに枝島君本人は君らを庇ったよ」
「!」
その一言に、二人が顔色を変えた。
少しは萎縮しろ。そんな思いを込めて冷ややかな視線を向けると、二人は途端に居心地が悪くなったのか、肩を力ませた。視線をふいと逸らして、今までの「だからどうした」とでも言いたそうな、本社の人間なんてクソ喰らえ、って
表情をしまった。
「工場長も君らを擁護するだろう。本社から来た私のことを一番疎ましく思っているだろうから」
「……」
「ただこちらも、そうですかと折れてあげるつもりはない。枝島君が君らを庇ったとしても、怪我をさせるつもりがなかったとしても、破損はした。怪我もした。そしてあの会話を私は聞いてる」
「……」
「破損すると確信がなかった。悪戯心でつい。だとしても、故意に商品の破損を誘発させただけでも大問題。クビだってありえる。もしくは減給」
それが一番ありえるかなと思った。
人員不足はこのご時世、品質保証部以上に製造関係の部門には多くあった問題としてあるだろう。力仕事が多くて、毎日へとへとになる。それなら、同じ程度の給料をもらうのならデスクワークがメインの仕事のほうがいいと思う人は多いはずだ。
実際、彼らは不満なんだろう。設計だ、事務だと、彼らは机の上だけのお仕事してれば自分たちと同じ給料がもらえる。こっちはこんなに疲れて、へとへとで、手だって小さな傷ができることも多いのにと、不平不満が溜まって、あの態度に現れる。
けれど、それはそれだ。
設計には設計の苦労がある。
事務には事務の。
品質保証にも。もちろん、製造にも。
そして、こんなに素行が悪くても、この二人も大事な戦力ってこと。
まぁ、俺は、元彰を怪我させたこと、ただその一点で、クビでもいいって思うけど
でも、クビにしたら、確かにここの工場は生産性が落ちるだろう。困るのは全員。元彰だってきっと困る。元彰のやりたいことを妨げたいわけじゃない。
減給はきっと効かない。反省文なんて書かせたところでめんどくさいと苛立つだけ。こういうタイプには減給も反省文も反省を促すよりも、きっとやる気を半減させるだけだ。
「ただ枝島くんも君らを大事な先輩だと言っていた。とても頼り甲斐のある先輩だと」
「!」
本当はそんなこと言ってないけど。
「その枝島君に免じて」
「!」
実際クビにするのは企業として色々難しい。
かといって、反省を促すための減給はこの手のタイプの奴には逆効果。やる気は半減。態度も悪化。
じゃあ、どうするか。
「君たちには」
一番効果的なのは、多分、こういうのだ。
「新入社員育成セミナーに出席してもらおうと思う」
「は、はぁ?」
うちの本社でも取り入れてる新入社員研修。
お辞儀の仕方から、電話の取り方、電話のメモの書き方に名刺交換の仕方、上司も交えた打ち合わせ等での座る位置。それらを数日かけて新人に叩き込む。
「ちょうど年末で一週間あるから」
「は? ちょっ」
結構厳しいよ?
俺ももちろん新人の時に受けたけど、うちの社員は生え抜きは全部それを受けてる。合併した企業とかだと普通は受けないんだ。費用かかりすぎるから。けど君らはラッキーだ。特別枠。
「頑張って」
「ちょ、だって」
「一週間程度なら、大丈夫。みんなで君らの無責任が招いたことをフォローしてあげられる」
「なっ、なんっ」
「研修終われば、素直に謝れるようになるよ」
ふと、当時の研修を思い出して微笑むと。二人がその笑顔を見て、何か悟ったのか、顔を引きつらせた。もっと引きつってしまえと、意味深に笑って。
それ以上は何も言わなかった。
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