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第87話 明日も仕事ですね。

 俺が受けたのは新卒向けので春先だったっけ。でも年末も同じプログラムで開催されるらしい。ただ、もしかしたら受講生は大学生だったりするかもな。内定もらった大学生が会社からの案内でやってきてる、とか。  だから浮くかもな。  あの風貌の男性が二人まさに「乱入」みたいになるかもしれない。  プラス、あのプログラム。  いい「お灸」になるだろ。きっと、減給よりもずっと効く。きつめの「お灸」に。 「あの、治史さんが受けた研修ってどんなだったんすか?」 「? 今、それ訊くか?」  ベッドで、上司のこと押し倒しながら?  元彰はじっと俺を見つめながら、少し、恐る恐るそんなことを訊いてきた。  研修って、もう噂になってるのか? 俺が新入社員の頃に受けた研修のこと。今度、ここの製造部のあのアホタレ二名が行くことになった研修。  俺が受けたのは本社のあるあっちで、同じプログラムの研修だった。場所が違うから、全てが全て一緒なのかはわからないけれど。でもプログラム内容は多分同じだろ。同じ会社が催すんだから。  首を傾げるだけの返答に留めると、難しい顔をして、口元をぎゅっと閉じた。 「なんか、すげぇって……」  なんだそれ。  ものすごいアバウトな説明すぎて、ちっともすごくなさそうだぞ。  すごい厳しかったとか。すごい難しかったとか、ふつう「すごい」の後に何かしら付くだろ。 「あの製造の河合さんがそう言ってたんで」  カワイ?  あ、もしかしてあの女性社員が言っていた「カワちゃん」か?  彼女は親しげにその「カワちゃん」ならこの製造部大改造を手伝ってくれそうな感じだった。俺の勝手なイメージだけど、二十歳そこそこの小柄で素直で、悪くいうと損をする性格って感じかなぁと思ってた。  でも元彰が「河合さん」と呼ぶと、その途端に、どこか厳しく正しく、真面目できっちりとした性格の、職人肌の人物のようにも思えてきて。  どっちなんだろうな。  製造部のメンツ、顔もまだ全部覚えられてないからぁ。  最初、渋々で来たから、資料分しか頭に叩き込んでない。  俺もまだまだだなぁって。  もっと準備しないとだし、渋々、イヤイヤ、そういうのはきっと顔に出る。それを製造部も感じ取ったのかもしれない。自分たちが日々、一日の大半を過ごす場所をゴミ屋敷でも通るような顔をして歩き回られたら誰だってやだろう? ちゃんと片付けるようにと忠告するのだって、嫌そうな顔をした相手に言われるのと、柔らかい表情で言われるのじゃ、対応の仕方は違うはずだ。 「あの、治史さん?」  準備はとても大事なのに。  そう新入社員研修で習ったのに。  もっと相手の気持ちも汲まないと、通るものも通らない。出来上がるものの質も上がらない。 「どうかしたんすか?」 「いや、そんなに本社の新入社員研修が噂になってるのか?」 「まぁ、そうっすね」 「そっか」  クスクスと笑うと元彰がまた不思議そうに首を傾げた。 「大丈夫だよ」  その元彰の首にしがみついて、そっと頬を擦り寄せる。 「研修受けたらもう二度とあんなバカげたことしなくなるだけだから」 「……」  何を想像したのか、あの元彰が少し緊張したように首から肩に力を入れたのがまたおかしくて、笑った。でもあんまり元彰はおしゃべりじゃないからなぁ。あの二人に「やっぱなんかすごいらしいっすよ」なんて話したりはしないか。 「なぁ、元彰」 「っす」 「仕事、頑張れ」 「……」  大変だろうけど。俺がそばにいたら少しは楽になれるかもしれないけど。 「っす」  きっと俺が今まで画面の向こう側から伝えていたことを実践してくれたら、まだ少ないけれど大事な同僚たちが一緒に取り組んでくれたなら、きっと、いい工場になると思うから。 「それから」 「?」 「早く、続き」 「っす」  もうあとちょとしかここにいられないから、早く。 「抱いて」  そしたら、次、抱いてもらえるのは一週間後だろ? だからたくさん抱いて。 「っす」 「っ……ん、ぁっ」 「明日から、俺、もう検査できるんで」 「あぁっ」 「デスクワーク、しててください」 「あ、あ、あぁっ」 「つか、多分、明日、治史さん、検査できないと思うんで」  そうかもな。きっと今日は激しいから。 「あ、あ」  きっと今日は激しくしてってねだるだろうから。 「ん」 「お願いします」 「ぁ、ン」  思わず、笑った。  お願いします、なんて言うから。 「明日、また新しい耐久試験、ある、から」 「っす。了解、っす」 「あ、あ……手」 「っす」  右手が器用に俺の中を弄る。 「あ、あ、あ、へい、気? 手、あぁっ」  指はすぐにそこを探り当てて、そのまま中のたまらなく気持ちいいところだけを優しくほぐして、可愛がってくれる。 「やばいっす」 「あ、痛い? か?」 「久しぶりに包帯なしで触ったのが、貴方だとか、最高すぎて」 「あっ……そこ、ダメ、元彰っ」 「最高っす」  その低い声に耳から快感を流し込まれながら、右手にとろける。  好きな男の腕の中で身悶えながら。 「あ、ダメ、ダメ、イク」 「治史さん」 「あ、あ、あ、あ」  その首にしがみついてキスをねだって。 「イク……」  その右手にたくさん可愛がられたいと引き寄せた。

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