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社員旅行編 2 甘ったるいベッド
「普通だろ」
そう、まだ裸のまま、奥にまだ元彰がいるような気がする余韻に浸りながら、ポツリと呟いた。
「?」
元彰は何が? と振り返り不思議そうに俺のことをじっと見つめてる。その首の付け根には俺がつけたキスマークが一つ。もちろん、Tシャツを着たら絶対に見えないところ。一つくらい、付けたっていいだろ? 俺は足の付け根から、あっちこっちと至る所に付けられたんだから。
「うちの新人、村木」
「……」
長くなってきた前髪がシャワー後で濡れてストンと前に落ちてるせいで、目元が隠れた、無口なもう一人の新人、元彰をちらりと見上げた。
どうやら「うちの」が付くのも不服なようで、口をへの字に曲げている。
「さっき言ってただろ? 優しくないかって」
言いましたって顔。
「別に、優しくないよ。あいつ一人じゃ保証書の差し替え時間かかりそうだし、二人でやったら早いだろ? それに出荷直前だったんだ。あの後、生産部の方と急遽ミーティングになってたし、もしかしたら納期の前倒しがあったのかもと思ってさ」
予想はビンゴだった。その後にあったミーティングでまんまとその出荷前倒しの情報展開があった。もちろん、こちらは出荷に対応済みと返答して、無事、出荷となったけれど、あそこで、村木一人が証書の差し替えをしていたらきっと終わらなかっただろうし、最悪、慌てて焦って差し替え間違え、なんてことにもなりかねない。その点、元彰は合併する前から向こうの工場でずっと一人で作業していたからだろう。なんでも卒なく対応できる。うちの品質課の連中が元彰の仕事ぶりに驚いていたくらいなんだ。すごいなって。どの検査工程だって一人でこなすし、視野が広いんだろうな。よく気がつくし、今後の仕事の予測を立てながらの仕事が上手い。
優秀だって。
そんな噂が広まって、最近はよく声をかけられてる。無口だけど優秀だと。
元彰も率先して色々学びに行くから、声をかける方も気持ちがいいんだろう。他部署でも、よくそうやって話しかけられて、一日、他所の手伝いをしていたりする。そもそもが研修としてこっちに年単位で派遣されてるから、会社としても枠にとらわれるとなく行動して欲しいみたいだった。その全てが支店工場でプラスの効果をもたらすってことなんだろう。
「優しいっすよ」
これなら向こうに戻っても、充分、本社の仕事もこなしてくれるだろうって。
「嫉妬、してるんで」
ゆくゆくは昇進だなって。
「村木に?」
「っす」
ダイレクトな返事に思わず笑った。
「村木、彼女いるぞ」
「なんで知ってんすか」
そこにもヤキモチの顔するのか?
「去年、お前がこっちに来るってなってた日」
「……」
あっただろ? 年末でさ、もう忙しくて忙しくて毎日残業って時期に、こっちは手薄になったんで、とか言って、早めに来ただろ。あの時、俺は、外で仕事だったんだ。その村木と。それで年末の大渋滞に嵌まっていた。いっこうに動く気配のない車内で、とあるレストランの予約があるのにと呟くから。彼女とデートで行くはずだったんだけどって。ほら、俺たちが行ったレストランだよ。ローストビーフが美味いって言って、お前が、呆れるくらい食べた時の。
そう説明してやると、少しだけ口のへの字が治った気がする。
「あの時、だよ」
「けど、優しい」
「そうか?」
お前くらいだろ。注意されても、厳しくされても、ちっとも臆することなく「っす」なんて返事をしながら淡々とやってのけるのは。村木だけじゃない、村木の下について教育真っ最中の超新人なんかは、俺が一対一で仕事の指示をするだけで緊張してるぞ?
「まだ機嫌なおらないか?」
「……」
まだらしい。まるで、ご機嫌斜めと言ってしまった手前、もう、その斜め顔を直すタイミングが掴めなくなった子どもみたいだ。
「じゃあ」
何? と、ご機嫌斜めな自分をかまってくれと、瞳の奥をキラキラさせてる。仏頂面で、わかりにくくてわかりやすい元彰が身を乗り出して、俺のことを真っ直ぐ強烈なほどに見つめてる。
「品質部長から、枝島くんのこと随分期待してるようだね。一年かけてじっくり育ててあげるといいよ」
「……」
つまりはそれだけ俺がお前に目をかけてるってこと。
「今度は品質管理課課長から、手間のかかる若手なのか? そうは見えないけどな。過保護だな」
「……」
つまりは俺が事あるごとに元彰のことをかまってるってこと。
「社内でちょっと噂になってるくらい」
「?」
どんな? ねぇ、どんな噂? と、見えないけれど、あるのなら尻尾をブンブンと振りながら、その噂の内容を予測して胸を躍らせてるのが、手にとるようにわかった。
「わざわざこっちで一から教え込むくらいによっぽど気に入っているらしいって」
こっちに呼んだのは俺じゃなくて部長だけど、俺がお前にかまいすぎるんだろう。そんな噂になってるらしい。
「実際、よっぽどレベルじゃなく気に入ってるし」
「!」
「むしろ、お前との距離感は注意してたのに、そんな噂が立っててヤバいなって思った」
「……」
「関係、バレないように、一番厳しく接してるはずなんだけどな」
細部まで、こんなことまで? と思われるくらい注意してるのに。むしろパワハラなんじゃないか? と思われる心配があったと思ったのに。
「その噂、立てばいいのに」
「何言ってんだ、ダメだろ」
「あと」
「?」
「機嫌、直った」
本当に、寡黙だ。
「そんで」
ベッドがわずかに揺れた。元彰が手をついて、まるで肉食獣がゆっくりのっそりと覆い被さり、獲物を、ご馳走を頂こうとするかのように。
「まだシャワー浴びないで、裸でいるのって、まだ欲しいってこと、っすか?」
どうだろう。でも、俺がこんな事後のままダラダラと裸でいるような性分だとは、社内の誰も思わないと思うぞ?
「あんなにやったのにそっちこそ、まだ勃つのか?」
「っす。キスマ、身体中につけて、ヌードで、そそるんで」
笑いながら、俺の真上まで来た元彰が傘になって、天井から煌々とベッドを照らす照明が遮られた。
「そそるって、キスマつけたの、お前だろ」
「当たり前じゃん。治史さんのこんな場所にキスマ、俺以外がつけていいわけないって思うと、すごい興奮する」
「あっ、っ」
そして、赤い印が点々と残る太腿の内側を大胆に舐められて、ゾクゾクっと、身体の奥、元彰の熱に何度も口付けられた奥がきゅんって切なく。
「あっ、ン……」
締め付けられた。
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